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55話 『手に汗握って』

 長く薄暗い地下牢を軽快に走る音が聞こえた。 その音を出しているのは炎を片手に周囲を見渡しているトウマだ。

 あの謎の部屋で少し道草を食ってしまったがペースを取り戻すことは出来た。


「俺って攻撃魔法使えるけど探知魔法みたいな便利魔法使えないんだよな」


 足の回転を止めることなく自身の掌をグーパーするトウマ。というよりも、小技的な魔法を知らないというのが現実だ。まぁ覚えていたところで、トウマが扱いこなせるという未来は見えないのだが――。


「ていうかさ……地下牢終わらないんだけど?!」


 あの地下道で終わりかと思いきや、奥へと続く道があった。その道へと駒を進めるとあら不思議、二倍の範囲にも及ぶ牢獄地獄がトウマを待っていた。面倒なのだが、見落としがあってはいけないと思い一つ一つ丁寧に確認していた。


「にしてもくっせぇ……異臭が半端ない」


 何年も掃除が行われていないのか、獄中死した遺体はそのままで中には自殺でもしたのか首を括った状態の遺体もあった。

 それらだけでもトウマの不安を煽るのは十分だと言うのに、時折悲鳴や啜り泣く声が聞こえるような気がした。


「ミレーユ、どこだよ……早く出てきてくれ頼む」


 トウマとしては早く本人が現れることを願うばかり、牢屋に捕らわれている爺さんの救出もある。

 あの人を助けることができればアモデウス家の面に泥を塗ることができる。そうすればアモデウス家からの猛攻は止まる。


「これ以上無いラッキーなんだが……あ、そうだ」


 何かを思い出したトウマはいつもの如くポケットに手を入れて周囲の暗さに負けないほどの色をした『手帳』。


「……変化無し」


 自分がミユという少女に殺される結末はもう顔馴染みになりつつある。

 廃れた字で書かれたもう二つの真実。

 ミレーユはルドゥブという人物に殺される。

 だが、ルドゥブは三年後の未来に欠かせない人間で、ここで殺すわけにはいかない。


 殺す以外の選択肢? そんなものは無いに決まっている。

 薄々気がついていた。ミユに殺される運命が改変されることの無いのは二人を引き寄せる何かの力は一時的に距離を置いた程度で解除出来るものではなく、一生、つまりどちらが死ぬまで存続するのでは無いか、と。


 殺すだけで自分が死ななくなるのか、と吐き捨てる人間もいるだろう。しかし、トウマとしては最悪だ。人を殺すなんてとんでもない。つい最近まで、魔物すら殺すことの出来なかった人間なのだから。


 生物は等しく命を与えられている。それはアリのように小さな生物から、竜まで価値は全くもって変化しない。

 しかし、アリの命は躊躇せず踏みにじるのに体格が大きい生物を殺すことに迷いが生じるのは何故か。


 自らの命の危険性もあるだろうが、それは人間の錯覚によるものなのだ。図体がデカイ=命の価値が高い、という誤った考え方により偏りが生じるのだ。微小な生き物には懺悔を送らないというのは誰しもが持つ改善すべき考え方なのだ。


 それはトウマも例外ではなくて――、


「ゴフッ……っ?!」


 刹那、喉を生温かい何かが遡る。痰が絡んだ様な音を出しながらトウマはヨダレに混じって垂れる紅を見て筋肉が硬直。

 

「がっ……ぁあ?」


 胸に穴が開いている訳でも、臓腑が損傷した訳でもない。にも関わらず吐血、しかも細い、涙のように雫ではない。太く、長く、いつまでも込み上げてくる鉄錆の味。

 幻覚に違いないと思ったが、情景は変わってないし拳骨を食らわしても覚醒する様子は無い。


「うっ……あぁぁぁぁぁぁ――!!!」


 直後、遅れて両腕を裂かれたような痛みが全身を駆け巡った。次に両足を粉々にされる未知の苦痛が。餅をつく側からつかれる側になったトウマは涕泣する。


「い、いだ、いだぃぃぃぃぃぃ――!!」


 骨の芯を刺激されているかのような痛みが痛みを、恐怖をトウマに刻み込む。冷たい石の上をのたうち回り、叫び声と涙を撒き散らすトウマ。すると――、


『二度とその顔を見せないで!』『ありがとう、君のおかげだよ』


 二つの異なる声が脳内に直接語りかけた。一人は罵声を、もう一人は感謝を。各々が伝えたいことなのか、トウマに伝え終えた。


 瞬間、顔面のパーツが跡形もなく粉砕された。ゴリッという鈍い音と共にまずは視界が、続いて聴覚が、次に触覚が消え去り、トウマという存在もこの世界から消え失せた。痛いなどと思う暇が無いほどに。


 トウマ・カガヤは、自身の延髄を廊下いっぱいにぶち撒けて地下牢にて他の受刑者と同じように骸となった。


『断絶の加護 リセット・アーカイブ、キャハ!』


※※※



「はっ……!!」


 全身が凍えるように冷たい温度に低下したのを感じ、トウマは身を起こした。どうやら突然意識を失ったらしい。理由は――覚えていない。意味も無く脳が活動を止めるのは異常事態なのだが、この世界では何かしら不都合な魔法があるのでそれにかかっても仕方ない。


「あ、そうか『手帳』を見ていたのか……」


 意識を失う寸前のことは記憶しているのだが、その後のことがどうも思い出せない。未だに寝ていると錯覚している脳みそを起こさんと手のひらで横額を小突く。


 そして、誰にも見られることのないように『手帳』をしまい込む。これだけは人に見られてはいけない。理由は至って単純明快。目視した人間は『死ぬ』のだ。


 恐らくこれは、トウマ以外の人間に見せれば誰にでも起こることだ。そうならないため、そもそもの存在を知られる可能性をゼロする。故にポケットの中に入れ、常に持ち歩き、人前では出さない。これが原則なのだ。


 全く、本当に使い勝手が悪い――、そう呟こうとした時、


 ドンっと地下牢全体が激しく揺れる。その振動は先程の部屋に入る直前のそれに比べればどうってことは無いにしても物に掴まりたくなるような激しさだ。

 地震大国日本出身のトウマからすれば「またか」と思うのだが、体は心配なのか脂汗を一滴垂らした。


 その音の鳴った方へと走る。何か化け物が暴れているのならそこに、ミレーユがいる可能性がある。いや、いる。そこに彼女はいる。

 ミレーユという少女は本当に良い子だ。自ら矢面に立ち、男顔負けの巧みな魔法操作で敵と戦う。困っている人がいれば率先して助ける。


 ここは長年放棄された地下牢。魔物の一匹や二匹住み着いていてもおかしくはないのだ。餌をどうするかは知らないが、こんな場所に根城を構える魔物なんてロクなものでは無い。図体がデカく、攻撃力、防御力が高い魔物に違いない。


「待ってろミレーユ! 直ぐに行く!!」


 聞こえるかも分からない声を出しながらトウマは走る。その間、全身の毛が逆立つのを感じた。最悪なパターンを考えてしまったのだ。『手帳』は常に人の死を映し出す鏡のような役割をしている。


 書かれた直後に起きるのが普通。だがもう暫く起きていない。故に、まさか――なんてことは無い、に決まっている。


 頼む。頼むから、違っててくれ。

 そんな泡のように儚くて小さい希望を心に宿しながら走ったトウマ。ついに白煙が舞い散る場所にたどり着く。


 松明代わりに照らした炎で周囲を確認。足元に何も落ちていないか、穴は開いていないか等を確認しながら歩く。


「……っ!」


 薄紅色の髪が靡くのを目視したトウマは唾を飲んだ。しかし、直後薄紅の髪は強風に煽られたかのように吹き飛んだ。流されるまま壁と激突、石の壁は割れ抉られた。


「あれぇ? 来たのぉ?」


 優しく呼びかける声――ではなく、気の抜けたぼんやりとした霞を彷彿とさせる声がトウマの耳に入った。

 煙を割りながら姿を現した男は全身を真っ黒な衣で覆い、黄金の仮面を身につけた男。


「いやぁ、付いてるなぁ。君、あれでしょ? トウマ君、だっけ?」


「……っ、なんで俺の名前を知ってやがる」


「うーん、勘だよ。多分そうかなーって思っただけ。あぁっと君の相手もしたいんだけどちょっと待ってね、先に『忘姫』にトドメを刺すからさぁ」


 そう言って男はスタスタとトウマの前を横切り、ぐったりと力なく壁に持たれるミレーユに近づく。そうはさせまいとトウマはその間に割って入る。させない、それだけは――。


「どいて欲しいなぁ、僕としては優先順位の高い方を優先したいからさぁ」


「退かねぇよ。友達を傷つけられて誰が退くかよ!」


「そっかぁ。でもさぁ、君は殺しの対象じゃあ無いんだよねぇ」


「はっ、じゃあラッキーだぜ。俺は自分を盾にこの子を守ってみせる」


「はぁ、あのさ僕は殺しの対象じゃないと言っただけだよ? 手足を切り落としたり目を抉り出したり

耳を落としたり拷問みたいなのは出来るんだけどぉ?」


「……うっ、いやいや、それがどうした!」


「あれ、勘が外れたな。こう言ったら良いと思ったんだけど、まぁいっか。じゃあ、一緒に死んでよ」


 直後、大地を割らんばかりの踏み込み。それは文字通り床の石を割り、トウマの懐に易々と侵入。勢いを回転に変換。男の足がトウマの胸骨を穿った。


「ごぇっ」と呻きながらトウマは吹き飛ばされる。ミレーユと同じように壁に叩きつけられ、全身が赤信号を照らし、骨が軋み、全身が打撲したように痛み出す。


 その痛みに怯んだ隙に、と男は懐から暗器を取り出し未だに意識を失っているミレーユに突き立てようと振り上げる。

 いかん! とトウマは咄嗟に手を伸ばし、全身の魔力をミレーユの足元に送り込み魔法陣を形成。


「間に合え!!」


 唸る骨の痛みなど忘れて、全神経を魔法陣形成に集約。男の冷徹な一撃が落とされる直前、魔法陣は完成、彼女はその場からフッと消え去りトウマの元へと転移。


 慌てて彼女をキャッチすると、ミレーユは体のあちこちから血を流している。水晶の瞳は長い睫毛に閉ざされて閉まっているが力ない瞳になっているに違いない。


「へぇ、なるほどやっぱりか」


 賞賛と感嘆が混合となった声を漏らす男にトウマは意識を移す。奴は未だに同じ場所に立ち、トウマの方を見ている。


「使えると思ったんだよねぇ、その魔法。君、何者?」


「はっ、お得意の勘とやらで正体を当ててみろよ」


 嘲笑混じりにトウマはそう言い捨てる。実際そうだ、奴は何かと勘だと言い切る。ならば人に聞く前に自分の勘で当てればいい。

 それを聞いた男は「うーん」と子供のように悩む素振りを見せた後、「あ」と何かに気がついたのか腕を組んだ。


 男はこれまでで一番自信ありげに、


「『異世界人』、ということにしとこうかな?」


「……ぁ?」


 男の答えにトウマは心臓を鷲掴みにされたように手が震え、今日何度目か分からない汗が吹き出た。無言を貫き通すトウマを見て、男は一言。


「『異世界転生者排除法』に則って君も殺さないとねぇ」


「……ッ!」


 その法名はトウマにとって死を意味するもの。世界中のありとあらゆる人間であっても無罪に問われないということを確立している唯一の法律。

 それによってトウマは痛い目を見ている。あの時と同じように、全てが始まったあの時のように、また――。


 この世界で一番の天敵である法名を口にした瞬間、男は再び虎のような踏み込みを見せた。意識が全く別の方向に向いていたトウマは反応が遅れた。咄嗟に魔法陣を――そう思った時には遅かった。


 男の握る暗器がトウマの鳩尾を正確に捉えていた。眼前、貫いたと同時に視界に広がるのは黄金色の不気味な仮面。目元が空いた仮面から橙色の双眸がジッとトウマを見ていた。

 服に血が染み込み、生温かい膜を作る。そこからは熱が抜け体が徐々に冷えるのを感じた。

 口いっぱいに鉄の味が広がり、暗器はジリジリと奥に差し込まれ、肺と触れそうになった瞬間、口に溜め込み切れなかった血がドッと溢れた。


「がぁっ……」


「無理しない方が良いよ、多分これ以上入れると肺に穴が空くんじゃないかな」


「ぐっ……うっ……」


 腹部だけが火災に遭ったように熱が迸り、トウマの全身が強張る。男の言うようにこれ以上刺しこまれたら命が危うい。助からない領域へと入ってしまう。そうなる前に、何か、打てる手立ては無いか――、思考を回したいが痛みがそれを遮る。


 その間にも血はしどろもどろに噴き出し、臓物が悲鳴を上げる。


 もう、ダメだ――意識が朦朧とし出し、焦点がブレ始めた直後、ギュッとトウマの掌を握り、隣で氷矢が形成。氷の弾幕が男目掛けて放たれた。男は瞬時にバックステップで距離を置き、そのまま左、右へと躱す。


「うっ……頭がまだ痛いです」


「ミレーユ!!」


 意識を取り戻した桃色の女性の名前を呼びながらトウマも意識を何とか結びつける。


「すみません……見つけることが、出来なくて」


「そんなことは良い! 俺が悪いんだ、それより無事か?」


「感動の再会のところ悪いんだけどぉ、僕はまだピンピンしてるよぉ」


 全くもって久しぶりの再会をさせる様子の無い男が割って入る。ミレーユとトウマは互いを支えに立ち上がる。互いに満身創痍だ。ミレーユもあちこちを、特に頭からの流血が酷い。雪のように白い肌も自身の鮮血で真っ赤に染まっている。


 一方のトウマは箇所こそ少ないが致命的だ。肺に届いて無いとはいえ、突っ張りを感じる。


「死に体二人で僕には、厳しいんじゃないかなぁ」


 嘲り笑うような笑いと共に立ち尽くす男を他所に、ミレーユは大きく息を吸い込む。まるで、何かの準備をしているかのように。吸って、吐いてを数回繰り返した後、覚悟を決めたように彼女は呪文の詠唱を始めた。


「我は天より舞い降りし双肩の姉妹。天空を駆け巡り、森羅万象を焼き付くす鳳凰の焔の加護を我等に与えよ」


 


 

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