99話
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ジークは、悪魔が沈んだ池から目を離さない。
「エルブレッド!」
大剣を背負った男。
「っは!」
エルブレッドと呼ばれた男が、ジークの隣に並び立った。
背丈こそジークの肩ほどしかないが、無駄のない均整の取れた体軀。ただ立っているだけで、隅々まで鍛え抜かれた実力者だと知れた。
「悪魔との戦闘経験は?」
「ありません!」
「そうか。あいつらは基本的に、ゴキブリよりもしぶとい。肉片を一片も残すな」
「っは」
二人は並んで、池から悪魔が浮かび上がってくるのを待った。
「全く、今度は誰ー? もう少しで気持ちよくなれるとこだったのに」
ジークとエルブレッドは、背後からの声に即座に振り向く。
「あんたたち……許さないわよおおお!」
悪魔は信じられない速さでジークの懐に入り込み、半狂乱のまま右腕を振るった。
だが、ジークは微動だにしない。瞬き一つしない。
突如、悪魔が左方へと弾け飛ぶ。
エルブレッドが、悪魔の側頭部に強烈な蹴りを叩き込んだのだ。
悪魔は飛ばされながらも、両腕を地面に突き刺し、勢いを殺す。
明らかに、異様な光景。
悪魔の首は、真横に折れ曲がっていた。
人体であれば即死必至の状況でも、なおも動く。
「ずいぶんな挨拶ね!」
そう言いながら顔をあげた時、視界はジークの岩のような手のひらで埋め尽くされていた。
掌底が、悪魔の顔面にめり込む。
「ほぶ!」
ジークの掌底は、エネルギーの分散を許さない。
凄まじい衝撃が、悪魔の巨体の内部で幾重にも反響を繰り返す。
悪魔は身体中から血飛沫をあげて、数メートル先に倒れ落ちた。
「死にましたか?」
ジークの横で警戒をしながら、エルブレッドが尋ねる。
「いや、まだじゃ。この程度ではすぐに起きてくる」
エルブレッドは、少なからず驚いた。自分たちの本気の攻撃を立て続けに受けて、なおも立ち上がるとは。
「あなたもしかして、ジーク? 龍鬼のジーク?」
ジークとエルブレッドが、声のする方へ顔を向ける。
そこには、血に染まった悪魔がいた。
真横に折れ曲がった首を、ぼきりと鳴らしながら――自らの手で、元に戻していく。
まただ。エルブレッドは、違和感を覚える。
ジークの攻撃を受けて、地面に横たわっていたはずの悪魔。
片時も、目を離していない。
にもかかわらず――一瞬で、移動している。
「なんじゃ。わしのことを知っているのか。悪魔なんかに旧友はおらんはずじゃがのう」
悪魔から、余裕のある表情はすでに消えていた。
「……アスキュヴィーク」
「アスキュヴィークじゃと!? 三日戦争か! ガッハッハッハ! お主、あの時の悪魔か!」
ジークは、大きく笑って続けた。
「なんじゃ。時代を超えて、まーたわしに滅ぼされに来たということか」
そう言ってジークが悪魔を見やると、一瞬たじろいだ。
「っく」
明らかに、動揺している。
「こちらも時間があるわけじゃないんでな、昔話に花を咲かせるわけにはいかんのじゃ。そろそろ死んでもらおうかの」
「今度こそ、ぶち殺してやるわ」
悪魔は顔を震わせながら、闘志を漲らせた。
「エルブレッド。ここからはわしがやる。みておれ。とどめだけを任せる」
「しかし!」
エルブレッドの反論を、鋭い眼差し一つで制すジーク。
「……わかりました」
エルブレッドは、従った。
「それじゃー久しぶりに、あれをしようかの。お前からしたら懐かしいじゃろうのう? 悪魔よ」
ジークは、魔力を練り上げる。
かつて、ギンが用いた身体強化の究極形。
魔力に意志を乗せるという、離れ業の極致。
――身体強化・龍鬼。
人間の意志。
何かを成し遂げたい。
人が一生をかけて抱く野望を一瞬に凝縮してもなお、足元にも及ばない――そんな強烈な意志。
それを、魔力に乗せる。
魔力が、意志に追従する。
ジークの肌が、鱗のようなもので覆われていく。
体を覆う魔力は、赤く染まっていく。
そして額からは。
――角が、二本伸びていた。




