98話
悪魔の貫手が、首に突き刺さる寸前。
悪魔が、真横に弾き飛んだ。
そして数十メートル先――ジーンおばあちゃんの魔法でできた池に、盛大に飛沫をあげて突っ込んだ。
大きな大きな背中。
長年の壮絶な訓練によって培われた筋肉の隆起が、服の上からでもわかるほど。
「すまん。遅くなってしもうた。エル。生きてるな」
そう言って振り返った、おじいちゃんの微笑み。それに、言い表しようのない安心感を覚えた。
「……遅い、よ」
我慢しないと、涙が出そうだ。
「ガッハッハ。すまんすまん。ちょっと国境で戦争があってな。少し手間取った」
――もう、大丈夫だ。
そう、思わせてくれた。
「アスリッタ! エルを頼む!」
おじいちゃんが指示を出すと、「はい!」と女性の声が聞こえた。
女性は、横たわる俺の横へやってくる。そして、俺に手を添えた。
「少し違和感があるかもしれませんが、我慢してください」
そう、彼女は言った。
俺は、少しうなずいて了承した。
その様子を見て、女性は唱え始める。
「清き水よ、我が意に応え――その身を巡り、見た全てを我に示せ。ブルーダイアグノーシス――水の診断」
彼女の手のひらから生成された水が、俺の体内に浸透していく。
手のひらに触れられている部位から、冷たく心地の良い感覚が、指や足先まで広がっていった。
「肋骨、四箇所骨折。脛骨に亀裂。ふくらはぎと両腕の上腕は筋断裂……加えて、打撲と擦過傷が全身に多数。それに――魔力欠乏の症状も見られますね。意識を保てているだけで、不思議なくらいです」
――すごい。
今の数秒で、俺の身体状況をそこまで詳細に把握したのか。
「続いて治療に入ります。清き水よ、我が意に応え――かの者を癒やせ」
体内を巡る水が、うにょうにょと蠢いているのがわかる。
少し、不思議な感覚だ。
そう思っていると、息をするたびに走っていた激痛が――体の各部位から、少しずつ和らいでいく。
打撲や裂傷も、弾力を帯びた水に包まれるようにして――痛みが、消えていった。
「すごい……治った?」
驚きのあまり、そう漏らしてしまう。
「いえ、全然治っていません。応急処置の域を出ていません。私の魔力でしばらくは効果が続きますが――今は、絶対安静ですよ」
彼女は、釘を刺すように俺に言った。
「ありがとうございます! えっと……アスリッタさん?」
「はい、初めまして。アスリッタと申します。詳しいご挨拶は後ほど。状況を」
「そうだ! 父さん! アスリッタさん、父さんの腹が! あの悪魔に……!」
アスリッタさんは瞬時に、予断を許さない状況だと察知し――おじいちゃんにアイコンタクトを送る。
「頼んだ」
おじいちゃんは、表情を変えることなく――その場を離れる許可を、即座に与えた。
「わかりました。そこへ行きましょう。私が担ぎますので、案内を」
そう言うと、アスリッタさんに抱えられるようにして、その場を離れた。
遠ざかっていく、おじいちゃんと――大剣を背負ったもう一人の男の人。
あの人も、アスリッタさんと同じく――じいちゃんの部下なのだろう。
「エルくん、案内を!」
「あっちです!」
俺たちは、父さんの元へと向かった。




