94話
悪魔は、心底楽しそうに笑っていた。
背中を、大量の汗が伝う。目が、離せない。
一瞬でも視線を外せば、気まぐれに村人を皆殺しにしかねない――そんな予感が、拭えなかった。
一体どうすれば、この状況を打開できる。
そう考えていた、その時。悪魔を中心に、突如として火柱が天まで立ち上った。
「エル坊! 大丈夫かい!」
「ジーンおばあちゃん!」
火柱は、次第に炎の竜巻となって、その場に留まり続ける。
「皆! ここを離れな! 戦闘になるよ! できれば、村からもできる限り離れるんだ! こいつには、おそらく時間稼ぎしかできないからね!」
ジーンおばあちゃんが、声を張り上げた。村人たちは、即座にその指示に従う。
「エル坊! 通信で、村の西側にいる者たちにも伝えるんだよ!」
確かに、その通りだ。
俺は即座にサンダーケーブルでシグネさんへ事態を伝え、村人全員に避難を呼びかけた。一方通行のため返答は聞けないが、シグネさんなら大丈夫だろう。
父の治療は、ランに任せてある。
――あとは、この化け物をなんとかするだけだ。
「あっついわねぇ。なんて事してくれんのよ、そこのババア」
悪魔は、少し焦げた服をパンパンと払いながら、何事もなかったかのように炎の竜巻の中から歩み出てきた。
ジーンおばあちゃんは動じることなく、両手を胸の前で合わせる。
すると地面が盛り上がり、悪魔を囲うように五メートルほどの壁となって立ち上がった。続いて、腕を空へと掲げ――そのまま、振り下ろす。
「落鯨」
悪魔の頭上から、巨大な水の鯨が降ってきた。
一体、何トンあるのだろう。見当もつかないほどの質量の塊が、他人事のように眺めていた俺の視界を覆う。
「飛ぶよ! じっとしてるんだよ!」
ジーンおばあちゃんが、急に俺を抱え上げた。周囲に風が巻き起こり、その足元へと集まって、軽々と体を持ち上げる。
直後、水の鯨が悪魔を囲う土の壁ごと激突した。
低く重い衝撃音が、腹の底まで響く。半径二十メートルほどが大きく陥没し、水しぶきと土煙が収まった後には、池ができていた。
「はあ、はあ、はあ」
俺を抱えたままのジーンおばあちゃんの肩で、息が上がっているのがわかる。雑木林の消火作戦に続けて、この規模の魔法だ。魔力を、相当使っているに違いない。
「はあ、はあ。ちょっとは、効いているといいんだけどねえ」
いつも余裕たっぷりのジーンおばあちゃんが、そう漏らす。それが本音だと、嫌でも伝わってきた。
上空から見下ろす池の水面に、悪魔が顔を出す気配はない。
「やった……のかな」
「……」
ジーンおばあちゃんは、険しい表情のまま答えなかった。
その時――池から、大きな水飛沫が突如として上がった。
目を凝らすが、悪魔の姿を捉えられない。
「見えた? ジーンおばあ……!?」
突然、ジーンおばあちゃんが俺を地面へ放り投げる。その直後、背後から現れた悪魔が、ばあちゃんを殴り飛ばした。
凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、大きな土煙が舞い上がる。
俺は、ばあちゃんがとっさに放り投げてくれたおかげで巻き込まれることなく、身体強化で無傷のまま着地した。
ばあちゃんのもとへ、急いで向かった。
◆
「火、土、水、風。四属性を操る魔法使い、ねぇ」
「うふふふ。こんな辺鄙な場所に、こんなレベルの魔法使いがいるなんてね。どうなってるの、この村? さっきの坊ちゃんといい、パパといい……そりゃ、彼も負けるはずだわ」
「……」
「あれ? もしかして、死んでる?」
ジーンは、気を失っていた。
幸い、とっさに高火力の身体強化を発動して防いだため――深手には至っていない。
しかし、あまりの衝撃に――意識を、失っていた。
悪魔は、迷いなく――息の根を止めようと、その首へ手を伸ばす。
その時――音すら置き去りにする、雷撃が飛来した。
悪魔が、即座に腕を引っ込める。
――サンダーガン。




