91話
ボブロンは、高揚していた。
「コロス。コロス。コロス。コロス。コロス――」
――いつからだ。
槍使いどもを、突破してからだったか。
仲間が、死んでいく。
十年近くかけて、部族を併合し、得た手下たち。
特に、部族長や幹部たちは――代えが、効かない。
俺と、同じ――特別な力を持つ者たち。
人より、速い。強い。
そんな中でも――俺は、一番だった。
俺は、神だとさえ思った。
――その、俺が。全てを、失いかけている。
長年、熟成された自信。理想。プライド――夢。
それらが、崩れそうな今。
ボブロンは、正気を手放した。
「コロス。コロス。コロス。コロス。コロス――」
純粋な殺意に、身を任せる。
力の限り、斧を振るった。
それでも――壊れない。
こんなことは、初めてだった。
力の限り、ぶん殴れば――人間も、動物も、魔物だって。何もかも、壊れてきた。
全力を尽くせる、相手。
――楽しい。
ボブロンは、朦朧とする意識の中で――戦闘の沼へと沈んでいった。
◆
ウェールズは、流れを読むことに長けていた。
言葉では、言い表せない――力の方向。
それが、わかっているからこそ――最小限の力で、巨大な力の方向を変えることができる。
しかし、それには――極限の集中力が、必要となる。
集中力というのは、そう長く持続できるものではない。
ウェールズは、若かりし頃の鍛錬によって――集中力を、長時間持続させることができる。
しかし、集中力の"密度"が変わってくると――話は、別だ。
掠っただけで即死レベルの、この化け物じみた攻撃をいなすには――それ相応の集中力と、蓄積されるダメージを、代償として支払う必要があった。
そして――自分の攻撃は、こいつには絶対に通らない。そのことも、肌で分かっていた。
だからこそ、逸らすだけ。守るだけ。
遅滞戦闘に、徹していたのだ。
しかし――我が天才息子の、作戦。
親バカを承知で言うが――あの子がそう言うのなら、きっとこうするのが一番いいのだろう。
エルから作戦の内容を聞いた、その瞬間――残りの集中力を、一気に使い切る覚悟を決めた。
エルからの要望は、主に一つ。
注意を、惹きつけること。
齢五歳にして、ほとんど親離れしている息子から――稀に見る、頼み事。
――父として、叶えてあげなきゃな。
◆
狂乱していたボブロンだったが――攻撃の手応えの変化に、違和感を覚えた。
これまでは、確かな手応えがあった。着実に、積み重なっていくダメージ。終わりが、近づいている感触があった。
しかし――今の連撃は、完璧にいなされた。まるで、水を切り裂いたような手応えのなさで。
「ようやく、慣れてきたよ。猪みたいに、同じパターンしかないみたいで――助かったよ」
今のボブロンには――挑発の言葉なんて、届かない。
それでも、ウェールズは続けた。
「聞こえない? か。まあ、これだけ仲間がいなくなったら――頭がおかしくなっても、仕方ないか。まあでも、頭目がこんな無能じゃ――どうせ先行きも怪しかったし。早いか遅いかの、違いだったんじゃないか?」
「ふー。ふー。無能? ……だと?」
ボブロンは、残る数少ない思考力で――自分の自尊心が、傷つけられたことを理解してしまった。
「うがあああああああああああ!」
完全に正気を失ったボブロンが――より一層の迫力で、ウェールズへと向かってくる。
巨大な斧を、片手で振り下ろす。
凄まじい轟音を放ちながら――斧が、迫る。
刹那。ウェールズは――時間が止まったと錯覚するほどの、極限の集中力で。
迫り狂う斧の刃に、槍を沿わせた。
これまでとは、次元の異なる絶技。
斧の力を利用した、カウンター。
埒外のパワーを、そのまま動力源にした――ウェールズの槍は、神速の一撃となって。
左胸の下を貫いた。
血が吹き出す。
「……やっど、ごわぜる。げっへっへっへ」
――浅かったか。
ウェールズ渾身の反撃も――やつの命までは、届かなかった。
槍は、ボブロンの樽のような腕に――ガッチリと、掴まれていた。
斧を手放した、即死必至の右拳が――ウェールズを、襲う。
――これで、文句ないだろ。エル。
完全に意識の外にあったエルがボブロンの背に手を添えていた。
――ありがとう。父さん。
「雷神の掌」
いよいよ決着?




