90話
俺とギンが、走る。
ブラックファングの男は、ギンが抱えている。
遠目に、ジーンおばあちゃんの炎魔法が見えた。
あれは、相当派手にやっているようだ。
もう、槍部隊のところまで到達している頃だろうか。
父さんやラン、みんなは――大丈夫かな。
一秒すら、惜しい。
「エル! 先に行け! こいつを担いでちゃ、少し遅い!」
ギンが、そう叫ぶ。
「ーーわかった! ギンお兄ちゃんも、早く来てね!」
そう返すと――少しセーブしていた力を、最大限に引き出す。
スピードが、跳ね上がった。
◆
村へ着くと――想定とは、異なる戦況が広がっていた。
槍部隊の陣を、五十人ほどが突破し――父さんたちと、交戦しているようだ。
槍部隊も、手が空いた者から順に父さんたちへ合流し――どうにか、均衡を保っているらしい。
戦場から少し離れた場所で、怪我人を回復魔法で治療するランの姿を見つけ――そこへ向かう。
「ランお姉ちゃん!」
「エル! 無事だったのね! ギンはどうしたの!?」
ギンの姿が見えないことに、動揺するラン。
「大丈夫! この後すぐ来るよ! もちろん、無傷で! それで、状況は!?」
ほっとした表情を見せたランだったが――すぐに、真剣な顔に切り替えて、状況を話し始めた。
「向こうのトップが、槍部隊にぶつかる前段階で――兵を集結させたの。それで、槍部隊に被害が出ないように、ウェールズさんたち"最後の砦"部隊が対応しているところよ」
――なるほど。
俺は、続けて状況を観察する。
両軍、入り乱れての混戦だ。
敵勢力は、五十人ほど。
動きを見れば、わかる。確実に、全員が身体強化を使っている。
人数では、こちらのほうが多い。だが、奴らは戦闘を日常の一部にしてるような奴らだ。経験も練度も桁がちがう。
対して、こちらは戦闘訓練も十分ではない。集団戦も――ほとんど未経験だ。そのせいで、攻めきれずにいる。
だが――時間の、問題だろう。
数的優位が徐々にこちらに傾きつつある。
それが、全体を見渡した上での――俺の見立てだ。
ただし。
あの禍々しい巨大な斧を振り回し――父さんと、互角以上の戦いを繰り広げている、熊のような男。
あいつだけが――唯一の、不安要素だった。
今は、父さんが一手に引き受けているからこそ――他への影響が出ていない。だが、あいつが野放しになれば、話は変わってくる。
戦況が、ひっくり返りかねない。
「父さん!」
「エル!」
すぐに合流し――累纏を、全力で発動する。
「ふー! ふー!」
熊のような男は――俺の身長の二倍はあろうかという斧を、小枝のように軽々と振り回す。猛牛のような、荒い息遣いを響かせながら。
その一振りは、恐ろしいほど苛烈で――鋭い。
累纏状態でも、しっかり見極めなければ――もらってしまいそうだった。
暴風雨のような攻撃を、なんとか躱し続ける。
間違いない。
――こいつが、ヴァイキングの頭だ。
じいちゃんが手加減していた時よりも、強いかもしれない。
素早さでは、累纏状態の俺に軍配が上がる。それでどうにかなっているが――パワーやタフネスでは、足元にも及ばない。
攻撃の切れ目を突いて、何度も渾身の一撃を叩き込んでいるが――びくともしない。
それに――あんな斧の直撃を食らえば、一発ゲームオーバー。
――間違いなく。
「エル! 無理するな! 一旦下がれ!」
父さんが、奴の斧の一振りを槍で受け流しながら――そう言った。
父さんは、俺が思っていた以上に――強かった。
この訓練期間で、別格に強いのはわかっていたが……ここまでとは。
身体能力では、おそらく――累纏を発動している俺のほうが、上だろう。
だが、あの変幻自在の槍捌き。
嵐でも決して折れない柳のように――襲いかかる斧を、しなやかに受け流している。
その動きは、まるで舞踏のようだった。
――父さん、すげえ。
「エル! 何かいい手はないか? もう抑えられないぞ!」
父さんが、攻防の一瞬の隙をついて――声を上げた。
――ある。
だけど、それは父さんに負担を強いることになる。
時間を稼いで、ジーンおばあちゃんやギンの帰還を待ったほうがいいか。
……いや、――この男を倒せるのは、俺と父さんのタッグしかないか。ジーンおばあちゃんは接近戦が不得手だと言っていたし、ギンだって、この戦いに肉弾戦メインで参加するのは荷が重いはずだ。
長引けば長引くほど、俺と父さんの魔力も枯渇していく。
俺は決断した。
すぐに、サンダーケーブルで父さんへ作戦内容を伝えた。
父さんは、親指を立てて――即座に了承した。
――父さん。頼むから、無理はしないでね。
最後に、そう付け加えたけれど――ギアを全開に上げた父さんに、ちゃんと伝わったかは、わからなかった。
いよいよ終盤。
このまますんなりいくかな。




