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89話

 荒れ狂う、炎の中。


 ボブロンは、叫びながら――走っていた。


「全員、離脱しろぉぉぉ!! 雑木林を抜けろ!!」


 もはや、辺りは火の海だ。味方がどこにいるのか、あと何人生き残っているのかすら――わからない。


 灼熱の熱波の中を、泳ぐようにして駆け抜ける。


 呼吸が、できない。


 息を吸えば、確実に喉が焼ける――そう悟り、呼吸を止めたまま走り続けた。


 ――ようやく、炎の海を抜けた。


 雑木林を、脱したのだ。


 振り返れば、轟々と燃え盛る炎が――竜巻のように、上空へと立ち上っていた。


「げほっ、げほっ!! どうなってやがるんだあああ!!」


 これまでの人生で味わったことのない屈辱と怒りに、食いしばった歯の先が――砕け散る。


 その時。


 身の危険を感じたボブロンは、咄嗟に――身をかわした。


 直前まで自分がいた場所を、尋常ではない速さの槍が――通り過ぎていく。


 一歩、後ろへ下がる。


 再び迫り来る穂先を、斧で――弾いた。


 驚きを抱えたまま、辺りを見渡せば。


 命からがら雑木林を脱出してきた手下たちが――待ち構えていた槍使いたちに、滅多刺しにされていた。


「何なんだよ、お前らは。一体、なんなんだよ!!」


 ボブロンは、人を殺せそうなほど目をかっ開いて、槍を持つ者たちを睨めつける。


 その隙に、大きく息を吸い込んだ。分厚い胸板が、目に見えて膨れ上がる。


「お前らあああ!!! 集まれえええ!!!」


 ――落ち着け。


 ――まだだ。


 ――部族長や幹部たちなら、まだそれなりに生き残っているはずだ。そこさえ残っていれば、どうとでもなる。


 ボブロンは、赤黒く輝く斧を肩に担ぎ直すと、額に張り付いた髪を掻き上げ――にやりと、笑った。


 火傷と煤で真っ黒になったその顔が、笑みによって――より一層、不気味なものになっていた。


 ◆


 摂氏二千度を超える、埒外な火力。


 その熱に、周囲の風すらも――吸い寄せられていく。


 ウェールズは、ごうごうと燃え盛る雑木林を前に――敵を、次々と屠っていた。


 自分の背丈を優に超える長槍を、まるで手足の一部のように操り――槍部隊のラインを抜けてきた手練れを、一人、また一人と処理していく。


 ウェールズは、戦士だった。


 かつては、立身出世を戦場に求めていた時期もある。


 だが、サイサと出会って――全てが、変わった。


 普通の幸せを求めて――槍を、置いたはずだった。


 その自分が、こうしてまた――槍を、手にしている。


 ――人生とは、わからないものだな。


 そんなことを考えていた、その時。


 敵陣に、動きがあった。


 不気味な色をした斧を担いだ、巨漢の男。


 その周囲に、敵が――続々と集結しつつある。


 ――まずいな。


 あそこを一点突破されれば、槍部隊のラインごと崩れかねない。


「そいつらは、こっちで対処する!! 通せ!!」


 ウェールズは、大声で指示を飛ばした。


 同時に、他の面子にも――手の空いている者は集まるよう、指示を出す。


 ――ここが、正念場になりそうだ。


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