78話
村の西側の浜辺。
朝から集まった人だかりを前に、俺は――少し畏まった口調で、そう切り出した。
「えー、皆さん。今日は、遠距離の攻撃手段について、訓練してもらいます」
ここに集まっているのは、女性、老人、そしてエランギルンの大多数のメンバーだ。
村を挙げての大訓練――その、記念すべき第一陣である。
「遠距離? 弓とか、やったことないよ?」
エランギルンのメンバーの一人が、そう首を傾げた。
周りの面々も、うんうんと頷き、同意を示している。
「大丈夫。弓は、使いません」
俺は、足元に転がっていた適当な石を拾い上げ、皆に見えるよう掲げた。
「使うのは――これです」
「そんな石ころで、一体何ができるって言うんだい?」
一人の女性が、怪訝そうに首を傾げる。
……まあ、その反応も無理はない。
「確かに、普通はそうでしょうね。ですが」
俺は、一拍置いて――続けた。
「先ほどお伝えした通り、皆さんはもう――常人を、遥かに超える身体能力を手にしています」
言うと同時に、身体強化を発動する。
指先に伝わる、いつもの馴染んだ感覚。
狙うは、沖合――波間から頭を出している、一際大きな岩。
俺は、石を握った腕を大きく振りかぶり――思いっきり、投げ放った。
――ヒュン。
空気を切り裂く音とともに、石は飛んでいく。
そして、次の瞬間。
――カァン!!
甲高い音とともに、遥か沖の岩が、粉々に砕け散った。
「皆さんも、これくらいなら、すぐにできるようになります」
その場にいた全員が、言葉を失ったまま――砕けた岩を、呆然と見つめていた。
波の音だけが、やけに大きく響く。
「な……」
「あんなところまで……?」
誰かが、そう漏らした。
さっきまで疑わしげだった女性でさえ、今は口をあんぐりと開けたまま、固まっている。
「今日から――この石投げの訓練に、励んでください」
俺は、皆の反応を横目に、なおも続ける。
「遠距離攻撃は、数が命です。一人ひとりの威力はもちろんですが、それ以上に――『どれだけ多くの手数を、隙間なく叩き込めるか』が、明暗を分けます。だから」
俺は、あの粉々になった岩を、指差した。
「早く。そして、強く。それを意識して、投げてください。的は――あの岩です」
しん、と静まり返っていた浜辺に――やがて、ぽつり、ぽつりと声が上がり始める。
「あたし……あんな遠くまで、投げられるかねえ」
「まあ、やるだけやってみるか」
半信半疑ながらも、皆が思い思いに、石を拾い始めた。
◆
村の東側、雑木林の前。
ここに集うのは、村の男衆――そして、自警団の面々だ。
「えー、皆さんには、この雑木林を抜けてきた敵を、ここで食い止めていただきます」
どよめきが、その場に広がった。
「けんども、おれは……戦いなんて、やったことねーし」
気弱そうな男性の一人が、ぽつりと呟く。
周りからも、同じような不安げな空気が漂ってくる。
「大丈夫です。戦闘経験がない方は――こちらを、使ってください」
俺は、傍らに立てかけてあった一振りを取り、掲げた。
――長槍。
「これは、僕たち子供で作ったものですけど、耐久力は結構なものです。それに何より――相手との距離を、稼げます」
その柄を強く握って構える。
「この"距離"は、戦闘技術の差を、簡単にひっくり返せます。そして、身体強化を習得した皆さんなら――この長さの槍でも、驚くほどの速さで扱えるはずです」
男衆の間で「本当にそんなことができるのか?」といった懐疑的な内容が囁かれている。
「動作は、基本的に二つだけ。突く。引く。この繰り返しです。敵に対して、これだけを、ひたすら繰り返してください。細かい扱い方は――自警団の方々から、教わってください」
自警団の面々が、心得たとばかりに頷く。
そうして、男衆の訓練が――始まった。
突く。引く。突く。引く。
最初はぎこちなかった動きも、繰り返すうちに、少しずつ様になっていく。
――いい調子だ。
これで、遠距離と中距離。二つの壁が、形になりつつある。
そして、最後に残ったのは――十人。
じいちゃん、ギン、ラン、エイリク、シグル、ジーンおばあちゃん、自警団のハラルドとグンナル、村長、そして――父さん。
「さて」
俺は、その十人を、ぐるりと見回した。
「残ったメンバーは――最後の関門です」
全員の視線が、俺に集中する。
「遠距離攻撃と、槍部隊。この二つを超えてきたということは……それなりの実力者だと、考えるべきです」
言葉を切り、一人ひとりの顔を、順に見つめた。
「そこで――身体強化の熟練度、戦闘技術、どちらも高いこの十人には。敵の主力を、確実に撃破してもらいたいと思っています」
しん、と場が静まる。
誰も、怯んだ様子はなかった。
「そして、基本的にこのメンバーは、各々自由に動いていただいて構いません。いわば――遊撃隊です。ただし、槍部隊を抜けてきた敵への対処だけは、最優先でお願いします」
「わかった」
村長が、短く、しかしはっきりと頷いた。
「ガッハッハ! 久しぶりに、前線で暴れられそうじゃのう!」
真っ先に、破顔したのは――じいちゃんだった。
その豪快な笑い声に、張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
「俺も、やってやるぞ」
ギンが、拳を握りしめながら続いた。
「うん。私も」
ランも、静かに頷く。
皆、それぞれのやり方で――静かに、闘志を燃やした。
遠距離、中距離、そして――最後の砦。
三段構えの布陣が、ようやく、その輪郭を現し始めていた。




