75話
厳しい冬が終わり、春が来た。
あの、テュール祭の後――しばらく続いた怒涛の忙しさに比べれば、今はまだ、随分と落ち着いたものだ。
思い出すだけで、胃の辺りが重くなる。
村の男たち全員に、魔力同調を用いて――身体強化の習得を、施していったのだ。
来る日も、来る日も。ひたすら、魔力同調。
発動と維持に関する具体的な指導は、途中からランのお母さんに完全に委託した。あちらには、エクササイズという形で――ノウハウが、ちゃんと蓄積されていたから。
そんなこんなで、今や――村人のほとんどが、身体強化を習得している。
寝たきりだった老婆が、また元気に走り回っている。
主婦が、風に飛ばされた洗濯物を追いかけて、屋根まで軽々と跳び乗っている。
子供たちが、空中でアクロバティックな戦闘ごっこを繰り広げるのが――もはや、当たり前の光景になっている。
……これ、控えめに言っても、頭のおかしい村ができあがったな。
もちろん、俺たちが立てた作戦通りの結果だ。文句を言う筋合いはない。
ないんだが――正直、ちょっとやりすぎた感は、否めない。
スケジュールも、想定よりだいぶ早く仕上がった。おかげで、ヴァイキングの襲来にも――万全の備えができそうだ。
いいことずくめ、のはずなんだけど。
さて。俺たちはといえば、相変わらず――魔法と、戦闘訓練の日々である。
俺は新しく覚えた魔法の練度を、地道に高めている最中だ。
ランも、扱える魔法をどんどん増やしていて――ついに、回復系の魔法まで、習得してしまった。
実際に効果を確認させてもらったが……あれは、正直、戦慄した。
軽い切り傷が、まるで逆再生の映像みたいに、みるみる塞がっていったのだ。
まだ治せるのは、浅い切り傷程度らしい。だけど、いずれは――失った腕や足だって、生やせるようになると、ジーンおばあちゃんは言っていた。
とてつもない、能力だ。
……もしかして、今この村で一番、失ってはいけないのは――ランなんじゃないだろうか。
そして――ギン。
あのテュール祭で見せた、あの異常な身体強化。
どうやら、やっぱり――じいちゃんとの、秘密の特訓で身につけたものだったらしい。
なんでも、魔力に「意志」を乗せる技、なんだそうだ。
根性。気合い。そういう、確固たる意志さえ持てれば――魔力も、その影響を受けるらしい。
……にわかには、信じがたい話だ。
ただし、これには向き不向きがあって、魔法ほど便利なものではないらしい。
詳しいことは、まだよくわからなかった。今度、じいちゃんに直接、聞いてみよう。
――魔力っていうのは、俺が思っているよりも、ずっと奥が深いらしい。
そしてついに当初、俺たちが立てた作戦の下準備は――もう、大方、完了に近い。
ここから先は、いよいよ――来るべき日に向けた、具体的な動きの話になる。
ただ、これについては。
作戦を立てた、あの日に――みんなで決めていたことがあった。
村に、ヴァイキング襲撃の予知を見たことを、公表する。
そのうえで。
村を出るか。それとも――戦うか。
村人全員に、その採決を、取ってもらう。
……いよいよ、か。
これまでは、ずっと。真実を隠したまま、事を進めてきた。
混乱を招かないように。
でも、それも――ここまでだ。
身体強化は、ほとんどの村人に行き渡った。
もう、ただ怯えるだけの民じゃない。戦うための力を、村はすでに手にしている。
だったら――今度は隠さずに。
本当のことを、話す。
いつもお読みいただきありがとうございます。
「続きが気になるな」と少しでも思っていただけましたら、
ブックマークや☆での応援をいただけると、執筆の大きな励みになります。




