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70話

 第一試合は、開幕戦にふさわしい盛り上がりを見せた。


 試合形式は、完全な徒手による殴り合いのみ。

 相手が負けを認めるか、続行不可能な状態になった時点で試合終了となる。


 一方は、がっちりとした筋肉質な体型。もう一方は、肉厚な――熊のような男だった。


 両者、一歩も譲らぬ殴り合い。

 何度も倒れ、倒されながら――最後は、熊のような男がカウンター気味に顎を捉え、相手の男が崩れ落ちた。


 会場を割らんばかりの歓声。開幕戦としては、これ以上ないほどの盛り上がりだった。

 勝者にも、敗者にも惜しみない拍手と称賛が送られる。


 そして――第二試合目は、俺の番。


 試合場は、村のど真ん中に設営された、舞台の上。上がってみると、思いのほか広い。

 おまけに、観客の顔が――四方八方、よく見えた。


「坊主! 怪我しないうちに降参した方がいいじゃねーのか?」


「ママのお迎えはまだなのかー?」


「ぎゃっはっは」


 先ほどの試合とは打って変わって、冷やかす声のほうが多く聞こえる。

 まあ、仕方がない。


 こちとら、まだ四歳なのだから。

 あ、そういえば――もうすぐ五歳になるんだった。


 それでも、ようやっと前世で言うところの、小学生か。

 まだまだ、子供だ。そりゃ、舐められるよ。自分でも、そう思う。


 そうこうしていると、対戦相手が入場した。


 筋骨隆々の、大柄な体格の男。立派な髭を蓄えている。


 彼は――自警団所属、なのだそうだ。

 自警団とは、村の有志によって組織された、いざという時の戦力。

 村唯一の実力組織だ。


 そんな男が試合会場に入ると、歓声が上がった。


「グンナル! 怪我させるなよ!」


「丁重にもてなしてやれ!」


「今年はお前に、先月の給料全部突っ込んだんだ! 負けるなよ!」


 グンナルを期待する声が、わっと降り注いだ。

 大人気だな。


 試合は、ボーンという大きな鐘の音で始まった。


 グンナルは「はあ」とため息をつくと、こちらに近づいてきて、こう言った。


「しばらく、何もしないでいてやるから――好きにかかってきな。それで気が済んだら、降参するんだ」


 存外、優しい男だなと思った。

 村の男は横暴な性格が多いから、試合開始直後に首元を掴んで外へ放り投げようとしたりするのかと思ったけど。


 だから、なおのこと――申し訳ない。

 ……ちょっと、痛いかも。


 俺は、グンナルのもとへ――歩み寄る。

 親指で急加速し、グンナルの右足を――背後から、蹴り払う。


 グンナルは、目の前から俺が消えたことに動揺している最中で――右足が攻撃を受けたことすら、理解できていなかった。


 俺は、残る支えの左足にも蹴りを叩き込む。

 グンナルは、訳もわからないまま――仰向けに、尻餅をついた。


 そして――そのままグンナルの顔面に乗り、鼻っ柱を踏みつける。


「げふ!!」


 グンナルのうめき声が、会場に響いた。


 会場は、騒然としていた。

 酒を飲む手が止まり、食事を咀嚼していた口が開きっぱなしになり――上空を飛ぶ鳥の声だけが、やけに響いた。


「おおおお!! なんだ今の!」


「途中から、動きが見えなかったぞ!」


「すげー、誰だあの坊主!」


 開始前とは一転、客席は盛り上がりを見せた。


 一方、グンナルは――茹蛸のように顔を真っ赤にして、鼻から流れる血を乱暴に拭う。


 うわ、信じられないくらい怒っている。

 まあ、でも――それでいい。いや、それでないと困る。


 さっきの一撃だけだと――「グンナルが油断していただけだろう」で、片付けられてしまうかもしれない。


「舐めやがって! ぶっ殺してやる!!」


 グンナルは、怒りのまま――こちらへと向かってくる。


 大の大人でもただでは済まないような拳と蹴りを、暴風雨のように繰り出してくる。


 しかし、もちろん――当たるわけがない。


 すべて、躱す。あえて、ギリギリのタイミングで。そうすれば――力の差が、より分かりやすいだろう。


「くそ! ちょこちょこと! すばしっこいな!」


 丸太のような腕や脚が空を切るたびに――ブワッと、風が動いた。


 しばらく躱し続けていると――猛攻が、ぴたりと止んだ。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。くそ。なんで、当たらねえんだ」


 先ほどこそ、怒りに思考を支配されていたグンナルだったが――時間が経ち、頭が冷えてくると、異様さにすぐ気づいたらしい。


 こんなに小さな子供が、自分の攻撃をいとも簡単に躱している。

 それも、わざと反撃をしていないようにさえ見える。


 一体、どうなってるんだ。村の男たちの中でも、力自慢ばかりが集まる自警団――模擬戦でだって、そう簡単には負けないはずなのに。


 ――本当に、おかしい。


 グンナルは、そう思い始めているようだった。


 ……そろそろ、十分かな。


「グンナルさん。さっきは蹴ってごめんなさい。それと――本気で向かってきてくれて、ありがとう。これで、終わりにするね」


「はあ、はあ、なんだと?」


 ――まだ、こんな小さな子供に? そんな、馬鹿な。


 グンナルの顔が、そう物語っていた。


 そんな表情を浮かべているうちに。


 俺は、サムマスター(親指)の力で――一瞬でグンナルの懐に入り込み、鳩尾に深く膝蹴りを突き刺した。


「ごっふ!!」


 攻撃を受けてから、ようやく懐に入られたことに気づいたグンナルが、反撃をしようとする。

 だが――鳩尾の奥深くまで沈み込んだ膝は、数秒でグンナルの意識を刈り取っていた。


 倒れる巨漢。


 静まり返る観客。


 俺は、自然と――右手を天に突き上げ、ガッツポーズを取った。


 その瞬間――爆発的な歓声と、称賛の声が、一帯を覆い尽くした。


グンナルさん。ごめんなさい。



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