64話
「はて、シグルねぇ……ああ、サンドルの倅か」
魔法の訓練が終わった後、俺はジーンおばあちゃんに、ギンから聞いていたあの話を尋ねてみた。
「覚えとるよ。あの件なら――サンドルとギンの父親、ローグは、昔はそれはもう、仲が良かったんだ。二人とも、この村で育ってね。それが、いつの頃からか、一緒にいるところを見なくなった」
ジーンおばあちゃんは、遠くを見るように目を細める。
「何かで、仲違いでもしたんじゃないかね」
――ふむふむ。
「それもあってね」
ジーンおばあちゃんは、少し声を落として続けた。
「今、村にいないローグを、一方的に犯人とするのは、よろしくないだろう――ということで。あの事件は、保留のまま、今じゃもう、有耶無耶になっとるよ」
――なるほど。
「……わかった。ありがとう」
俺は、そう言って頭を下げた。
――これは、もしかして。
ギンの父親が、村を離れることを見越したうえで、罪を被せたパターンかもしれない。
だとしたら――最低だ。
そして、シグルも、きっとショックを受けることになるだろう。
……とはいえ、まだこれは、推測の域を出ない。
俺は、実際にシグルの家へと足を運んでみることにした。
村の東側、海沿いの一角。
軒先に、屋根へと立てかけられた漁師船が見える。
――うちと、同じ漁師か。
まあ、この村はほとんどが漁師だから、珍しくもないんだけど。
壁板の隙間から、中の様子が覗けた。俺は、そっと目を寄せる。
肩まで伸びた髪を、後ろで一つに括った少年。
――シグルだ。
「ねえ、父ちゃん」
シグルは、漁で使うのだろう網を、黙々と結いながら、ぽつりと父親に問いかけた。
「ギンの父親って……盗人、なんだよね」
――その一言に、網を結う手が、ぴたりと止まる。
「その話は、するな」
サンドルの声は、低く、硬かった。
「前にも、言っただろう。そんなことよりも――仕事をしろ」
「……負けたんだ」
「なんだ。よく聞こえん。大きな声で言え」
「ギンのやつの父親が、備蓄金の犯人だっていうことを――賭けて、決闘して。負けたんだ!」
網を結っていたサンドルの手が、止まる。
驚いた表情で、サンドルは、ゆっくりとシグルのほうを振り返った。
「おまえ、なんで……そんなことを……」
「負けた、ってことは」
シグルの声が、震えていた。
「――嘘をついてるのは、父ちゃんか。神々か。どっちかだって、ことだろ……!」
「っ……な!」
サンドルが、絶句する。
その隙に――シグルは、涙をぼろぼろとこぼしながら、家を飛び出していった。
俺は、とっさに屋根の上へと跳躍し、飛び出してきたシグルと鉢合わせにならないよう、身を隠す。
「……ったく。どうしたもんか。あいつが、あんなことを……」
サンドルが、頭を抱えるように呟いた。
「……あの。こんにちは」
「うわぁっ!?」
サンドルが、飛び上がらんばかりに驚いて振り返る。
「い、いつの間に……! どこの子だ!」
俺は、サンドルの背後に、そっと飛び降りていた。
――もちろん、じいちゃんとの訓練の成果で、着地の音は、ほとんど響いていない。
「シグル君のことで……少し、聞きたいんですけど」
俺は、努めて丁寧に、そう切り出した。
「……はぁ」
サンドルは、まだ動揺の抜けきらない顔のまま、そう呟くように答えた。




