62話
北の大陸。
ヴァイキングの地。
赤黒く輝く、巨大な斧。
人間の膂力では、到底操れないはずのそれが――男の兜から股までを、一瞬で真っ二つに斬り裂いた。
返す刀で、迫り来る敵の群れへ、横一閃。
四人を、まとめて肉塊に変える。
「ぶっはっはっは! 弱えぇぇぇ!」
三本の角が生えた、黒い兜の巨男。
血と肉片、臓物が飛び交う戦場のただ中で――彼だけが、心底愉快そうに笑っていた。
――その後。
真っ赤に染まった、雪原。
厳しい寒さのこの北の大陸では――さして、珍しい光景でもない。
ボブロンは、愛用の斧を雪へと突き刺す。
刃は、雪の下の地面までも抉り、そのまま――そそり立った。
「よっこらしょっと」
ボブロンは、仲間たちが集う中央――切り株の上に、どかりと腰を下ろした。
切り株が、耐えかねたように、きしんだ。
「お頭! イースヴォルドの奴ら、大したことなかったっすね!」
手下の一人が、酒を提げて、駆け寄ってくる。
「当たり前だろ。俺様が、いるんだからな」
そう言って、三本角の兜を脱ぎ――ずい、と差し出す。
手下が、間髪入れずに、兜いっぱいに酒を注いだ。
「お前ら! 今日は、ご苦労だった! これで、俺たちに文句を言える奴らは――もう、いねえ! このままの勢いで、ウルヴヘジンとビョルナングも――獲るぞ!」
ボブロンの咆哮に、手下たちが――歓声で応えた。
「そして、そのあとは……みんな、お待ちかねだ。――南の大陸を、根こそぎ奪っちまおうぜ!」
もはや、悲鳴か歓声か、判然としないほどの熱狂。
血まみれの男たちの体温が、赤い雪原の上で、なおも滾っていた。
ボブロンは、兜になみなみと注がれた酒を――一息に、豪快に飲み干す。
喉を鳴らし、口元を乱暴に手の甲で拭ってから、続けて叫んだ。
「今日は、村に――豪華な飯を、用意させてある! たらふく食って、飲め!」
雄叫び。口笛。武器を打ち鳴らす音。
あらゆる形の歓喜が、赤い雪原の上で、入り混じっていた。
「それじゃ、とっとと帰るぞ!」
その号令とともに、一団は――帰路についた。
――――――――――――――――――
雪原を進む。
巨大な狼――スノーウルフの背に揺られながら、手下の一人が、ふと尋ねた。
「お頭。南の大陸へは、いつ頃のご予定で?」
「二年後だ」
ボブロンは、前を見据えたまま、短く答える。
「ウルヴヘジンとビョルナングも手中に収めて――さらに、二、三の部族も、取り込まにゃならん」
「最初の二つさえ取り込めば、南への遠征中に、村を襲われる心配もなくなるでしょう。それで、十分じゃないんですかい?」
「いや」
ボブロンは、首を横に振った。
「南を襲うには――まだ、戦力が足りん。……あわよくば、そのまま。国の中枢を、乗っ取る」
「お頭! 国を、奪うおつもりで!?」
「怖いのか?」
「まさか!! 沸ってるんでさー! 待ちきれねえ!」
「お前は、また変な遊びをしたいだけだろ」
「変な遊びとは、失礼な! 仲間内でも、結構な人気なんですぜ! 知り合い同士で殺し合わせる――名付けて、"バトルロワイヤル"って言うんでさー」
「……何が面白いのか、わからんが」
ボブロンは、面倒くさそうに、手を振った。
「好きにしろ」
手下が、ヒッヒッヒと――気味の悪い笑い声を響かせる。
「まあ」
ボブロンは、雪原の彼方――遥か南を見据えながら、ぼそりと呟いた。
「あれが、うまくいけば……来年になるかもしれんがな」
「あれ? って、何です、お頭」
「――何でもない」
その横顔には、それ以上を語る気配はなかった。




