54話
この世界にはドラゴンはいるが、龍はいません。
前回ジーンの風の象徴が「龍」と書かれていましたがドラゴンに変更しています。
ジーンは、驚愕していた。
エルの正面に現れた――雷を身に纏う、龍。
だが、ジーンの知る"ドラゴン"とは、その形状が、大きく異なっている。
肌には、鱗。その一枚一枚に、光沢が宿り、硬質な質感までもが、はっきりと表現されている。そして、その威風堂々とした、迫力に満ちた面構え。
――ドラゴンと、似て非なる。それでいて、圧倒的な存在感を放つ何か。
この生き物が、一体何であるにせよ。
ここまで複雑で、それも、これほど詳細なイメージを構築できるとは……。
――素晴らしい。そして、同時に、恐ろしい。
「エル……? これは、なんだい? 初めて見る生き物だけど」
――あ。まずいな。
この世界には、青龍みたいな生き物、いないのか。ドラゴンはいるっぽかったから、てっきり大丈夫だと思ってた。
「これは、僕が想像で作った生き物だよ。青龍っていうの。かっこいいでしょ」
「……そ、そうだね。かっこいいよ」
ジーンは、顔を引き攣らせながら、そう答えるので精一杯だった。
――まさか。
無から、生物そのものを想像し、作り上げる。それこそ、神々の所業ではないのか。
この子が、もし本当に魔法を習得したら――一体、どうなってしまうんだろう。
ジーンは、内心でそう思わずにはいられなかった。
「エル。今日は、もう残り時間も少ないし――圧縮の訓練に移るのは、明日からだよ」
「はぁーい」
「今日の残り時間は、ランのサポートに回っておやり」
その指示のとおり、俺はランと合流した。
「ランお姉ちゃん、どう?」
「どうもこうもないわよー。イメージが、うまくできないの」
ランは、すっかり困り果てている様子だった。
「じゃあ、光属性の象徴は、何にしたの?」
「猫」
――猫?
「だって、猫ってよく日向ぼっこしてるじゃない。だからよ」
……ふむ。
たぶん、"光"と"猫"の結びつきが、ちょっと弱いんだよな。
でも、この年齢なら、まあ、そんなものか。普通は。
「ねえ、ランお姉ちゃん。目、瞑ってみて」
ランは、言われたとおり、素直に目を閉じた。
「はい、瞑ったわよ」
「じゃあ――あなたは今、真っ暗闇にいます。いくら歩いても、暗闇はずっと続きます」
「な、なになに? 怖いじゃない」
ランは、わずかに身をすくめた。
「大丈夫だよ。……手、繋ぐ?」
ランは、口を真一文字に結んだまま、こくんと頷いた。
そっと手を握ってやると、強張っていた肩から、すっと力が抜けていく。
「じゃあ、続けるよ。歩き続けた先――遠くに、光が漏れている場所がありました。ランお姉ちゃん、そこまで歩いていって」
ランは、眉を顰めながら、言われたとおり、想像の中の世界を歩いていく。
「つ……着いたわ」
「漏れた光は、はるか上空から注がれているようです。じゃあ――ランお姉ちゃん。その光が照らしているものは、なんでしょう?」
ランは、慎重に言葉を選ぶように、しばらく黙り込んで――そして。
「クロッカスの芽だわ!」
ランは、まるで宝物を見つけたかのように、明るく声を上げた。
「はい! 目を開けて!」
言われたとおり、ランは、パッチリと目を開ける。
「ランお姉ちゃん。……イメージ、もう大丈夫だよね」
「うん!」
その後、ランは見事――一筋の光に照らされたクロッカスの芽の造形を、完成させてみせた。
――素晴らしい。
ジーンは、今日、三度目の驚愕を味わっていた。
魔法の基本、四工程。そのそれぞれの習得は、決して容易なものではない。何年もの修行を要することも、ざらにある。
それを、この二人は――。
いや。異常なのは、エルだ。
ランにも、もちろん才能はある。むしろ、かなり恵まれているほうだろう。
それでも。
この工程を終えるには、少なくとも一週間は必要だと、ジーンはそう見積もっていた。
――それを、たったの一日で終わらせるとは。
イメージ構築。
これは、簡単に教えられるものではない。イメージは、自分自身で見つけ、自分自身で考えて生み出さなければならないものだ。だからこそ、教えることができない。
教えてしまえば――その子は、教える側のイメージに引きずられてしまうから。
しかし――先ほどのエルのやり取りは。
あれは明確に、ランの想像力を刺激しながら、それでいて、ラン自身にイメージを見つけさせていた。
エル自身のイメージは、一切、影響を与えていない。
――エル。
この子は、一体、どこまで考えているんだ。
ジーンは、内心でそう呟かずにはいられなかった。
――一方その頃、エルはといえば。
前世で読んだ、心理テストもどきの真似事をしてみただけだったんだけど……うまくいって、よかった。




