45話
魔法の訓練の次は、じいちゃんとの戦闘訓練である。
海辺の岩場でじいちゃんと合流した俺たちは、村の西側の草原へと移動していた。
――以前の"おいかけっこ"で、俺がじいちゃんと最後に戦った、あの場所である。
「よし、じゃー始めるぞ」
じいちゃんの訓練は、いったい何をするんだろう。
木剣での打ち合いか、それとも走り込みか――と、身構えていると。
「――肉弾戦において、最も重要な体の部位はどこか。わかるか? ギン」
開口一番、クイズだった。
ギンは、うーんとしばらく考えてから。
「……胸筋?」
「それも重要じゃが、違う。ランは?」
「目? かしら」
「それも大事じゃが、違うのう。――エル」
俺も、考える。
肉弾戦で、最も重要な部位。
攻撃も、回避も、姿勢の維持も……全部の土台になるところ、と考えると。
「……足?」
「おしい! まあ、間違ってはないんじゃが」
じいちゃんは、にやりと笑って、たっぷりと間を取った。
「答えは――親指じゃ」
「「「……おやゆび?」」」
三人の声が、綺麗に重なった。
あまりに意外な答えに、揃って怪訝な顔をしてしまう。
「そうじゃ。まあ、これを見ろ」
じいちゃんは、片方の靴をぽいっと脱ぎ捨てて――素足の裏を、こちらに突き出した。
――母指球から、親指にかけて。
そこだけが、人間の皮膚とは思えないほど黒ずんで、固く盛り上がっていた。
「皮膚が破れ、新しい皮膚ができ、また破れる。――それを何百、何千、何万と繰り返すうちに、鋼鉄のように固く、強靭になった」
……なるほど。
母指球。
二足歩行である以上、ほとんどの動作の"始まり"は母指球だ。踏み込みも、方向転換も、跳躍も――すべての力は、まずあそこから地面に伝わる。
つまり、母指球が強ければ強いほど、速く、力強く動ける。
……理にかなっている。
「親指が強ければ――魔力を使わずとも、こんなことができる」
言うが早いか。
じいちゃんの体が、ふっ、と視界から消えた。
――違う。上だ。
膝を一切曲げることなく、じいちゃんは二メートルほども宙に飛び上がっていた。
視線を下ろせば、地面には、爆ぜたような陥没痕がふたつ。
……あの"おいかけっこ"のときの、あの異常な機動も。
全部、これだったのか。
「すげえ!!」
ギンは、目をキラキラさせている。
「えぇ……しかも今の、身体強化も使ってないじゃない……」
ランは、ちょっと引いている。
じいちゃんが、すとん、と着地した。
――ほとんど、音がしない。着地の衝撃さえ、あの親指で吸収しているらしい。
「な?」
ニカっと笑う、じいちゃん。
……「な?」じゃ、ないんだよなあ。
「というわけで――しばらくは、訓練の半分を、親指の強化にあててもらうぞ」
――・・・・・・地味の、極みである。




