41話
ギンとじいちゃんが出ていったあと――部屋には、俺とラン、それにジーンおばあちゃんだけが残された。
「ギン兄ちゃん……大丈夫、かな」
ぽつりと、そんな言葉が口をついて出た。
普通に、心配である。
今回のことは――ギンからしたら、相当、堪える結果だったはずだ。
「なぁに、あのジジイに任せておけば大丈夫さね」
ジーンおばあちゃんは、眉ひとつ動かさなかった。
「……どうして?」
「ん? ああ――本人に言うと怒るがね」
おばあちゃんは、にやりと笑って、少しだけ声をひそめた。
「こういう"才能"っちゅうもんをね。あいつは、何ひとつ持たんまま――あそこまで、いったのさ」
「え……?」
それは、初耳だった。
あの、化け物みたいな強さで?
才能が――ない?
……正直、信じられない。
「わしはあいつと腐れ縁でね。長ーい付き合いなんだよ。だから、知っとる」
おばあちゃんは、昔を懐かしむように、目を細めた。
「おまえたちくらいの年の頃はね、あいつは――いじめられっ子じゃった。背はちっさい、声はきんきん高い。ついたあだ名が"アヒル"じゃ。かっかっか! ……ああ、これ、わしから聞いたって絶対に言うんじゃないよ?」
「ア、アヒル……」
あの、じいちゃんが。
「そんな男がね。毎日毎日、"訓練じゃ"っちゅうて、泥だらけになりながら、努力だけを積み続けた。そうしたら――いつの間にか、あんな化け物になっちまったのさ」
「じいちゃんって……どれくらい、すごいの?」
「――"龍鬼のジーク"」
おばあちゃんは、その名を、ゆっくりと口にした。
「それが、あいつの通り名でね。全盛に近い頃のあいつは――間違いなく、世界最強じゃった。今でも戦場じゃ、伝説扱いさね」
せ、世界最強……。
……かっこよすぎるだろ、俺のじいちゃん。
「じゃあ……じいちゃんは、今は何をしてるの?」
「おや、それも聞いとらんのかい」
おばあちゃんは、ひらひらと手を振った。
「そこらへんは、いずれ本人が話すじゃろうさ。それまで、待っておやり」
「……わかった」
「ねえねえ、おばあちゃん! それより、何か魔法を教えてよ!」
ランが、ずいっと身を乗り出した。
……おもちゃを買ってもらった子供みたいに、はしゃいでいる。
ギンのことは、もう気にしていないんだろうか。
試しに、聞いてみると――
「え? ギン? 大丈夫でしょ! あいつ、強いもん!」
即答だった。
……幼馴染の絆ってやつは、俺が思ってるより、よっぽど強いのかもしれない。
「こら、ラン。先に釘を刺しとくがね――魔法っちゅうのは、そう簡単に使えるようにはならんよ。長い長い修行を経て、ようやく十全に扱えるようになるんだ。そもそも、魔法を適切に使うためにはじゃね、まず魔力の――」
「あーもう! わかった、わかったから! じゃあいいよ、明日からで! おばあちゃんは、すーぐ話を長くするんだから!」
「なんじゃい。人が親切に教えてやろうっちゅうのに」
……この祖母にして、この孫あり、である。
「エル! 今日はもう終わりにしましょ! 作戦も決まったし、魔法も決まったし――これ以上いると、おばあちゃんの話で日が暮れちゃうよ!」
「そ、そうだね。今日は帰ろうかな。……ギン兄ちゃんのことも、心配だし」
俺は、ジーンおばあちゃんから明日の訓練の開始時間だけを聞いて、ランの家を後にした。
――家に向かって、歩いていると。
道の向こうから、じいちゃんとギンが、連れ立って歩いてくるのが見えた。
「おーい!」
手を振ると、ギンも、大きく手を振り返してくれる。
――よかった。
その様子を見るかぎり、どうやら、気分は良くなったらしい。
じいちゃんが、うまくやってくれたんだろう。
……さすが、年の功である。
「なんじゃ、もう帰りか?」
「うん。話したいことは、全部終わったから。――それでね、明日から、午後はジーンおばあちゃんの家で、魔法の訓練をすることになったんだ」
これは、いつかギンにも言わなきゃいけないことだ。
だから――じいちゃんに伝える"てい"で、この場で知らせておく。
「なんじゃと!? エル、おまえは明日から、わしの弟子でもあるじゃろうが!」
「うん。でも、魔法も勉強したいんだ」
「むう……まあ、そりゃ、そうじゃな……」
じいちゃんは、腕を組んで、しばしうなってから。
「よし。ちょっと、明日からの動きをババアと相談してくるわい。エルは、先に帰っとれ」
「はあーい」
そう言って、じいちゃんは今来た道を――ランの家のほうへと、戻っていった。
残されたのは、俺とギンの、二人。
……なんだか、急に、気まずい。
「ギン兄ちゃん……あの」
「エル!」
言いかけた言葉は、真正面から遮られた。
「魔法、頑張れよ! おれは、おまえたちが魔法を覚えてる間に――ジーク師匠に、強くしてもらう! もう、追いかけっこでも負けないからな!」
――ああ、そうか。
まっすぐなその目を見て、わかった。
ギンはもう、吹っ切れたんだ。
「うん! 僕も、負けない!」
自然と、顔がほころんで。
二人で、声を上げて笑った。
ここから、頑張らなければ。




