40話
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ギンは、なんとなく――海辺に来ていた。
海は、好きだった。理由はうまく言えないけど、なんとなく、わくわくした気持ちになれる。
――ずっと、船で進んでいったら、どこに着くんだろう。
そこには、どんなものがあって。誰が、何を考えて、生きているんだろう。
そんなことを考えていると――嫌なことも、なんだか、どうでもよくなってくる。
「なんじゃ、こんなとこに、おったんか」
――ジークさん。
近所の、弟分のおじいちゃん。
超強くて、いろんな冒険をしてきた人。
俺の、憧れの人。
「……」
ギンは、答えなかった。
――今は、あんまり、近くにいてほしくない。
この人が近くにいると、全部、マイナスのほうに考えてしまうから。
「ずるいのー」
その一言に、ギンは思わず顔を上げた。
「え……? なにが?」
「なにがって――あの二人じゃよ」
じいちゃんは、波の向こうを眺めながら、飄々と続ける。
「あんな、便利で強い属性を引き当てるなんて、ずるいわい。……そう思って、飛び出してきたんじゃろ?」
「ちがう……くない」
ギンは、膝を抱えたまま、視線を落とした。
「そう。おれだけ、何も、持ってない。ただでさえ同じ年なのに、ランのほうが頭もいいし、センスもある。エルなんて、四つも年下なのに――おれが勝てるところなんて、何一つないってのに」
声が、だんだん震えてくる。
「それが、魔法まで、ってなると……なんか。すごい、イライラしたんだ」
「がっはっは!」
じいちゃんは、豪快に笑い飛ばした。
「うちの孫は、あれは頭がおかしい! わしでさえ、そう思うわい。ラン嬢も――あれは、血統じゃな。仕方あるまい。たまたま、周りのやつが、天から選ばれた人間じゃった。それだけのことじゃ、気にするな」
「気にするよ!」
思わず、叫んでいた。
――それきり、静かになる。
静かになったせいで、波の音が、やけによく聞こえた。
「僕には……何も、ない」
ギンは、膝に顔を埋めるようにして、ぽつりと呟く。
「血統も、才能も……何も」
「え? 何を、言っとるんじゃ」
じいちゃんが、心底不思議そうな声を出した。
「あるじゃろ――夢が」
――ぽかん、とした。
また、波の音だけが響く。
「言っておったじゃろう? 海を、冒険したい。いろんなものを、見たいと」
「そ、そんなの、持ってたって……何になるんだよ」
「でも」
じいちゃんの声が、少しだけ、真面目な色を帯びる。
「あの二人には――まだ、ないぞ、それは」
ギンが、顔を上げた。
「夢は、人生の活力にもなる。道しるべにもなる。それを、この段階で、もう持っておるっちゅうだけで――ギンは、十分、立派じゃぞ」
「……でも」
ギンは、それでも、俯いたままだった。
「そんな冒険とかも……きっと、いわゆる、天に選ばれた人とかじゃないと、駄目なんだよ」
じとっとした目で、ギンはジークを見上げる。
――この化け物じいさんも。きっと、その"選ばれた人"の一人だ。
ギンは、そう思っていた。
「え? もしかして、わしのことか?」
こくり、と頷く。
「がっはっはっは! わしが、天から選ばれた人間? がっはっは!」
じいちゃんは、腹を抱えて笑った。
「だって、そうでしょ!」
ギンは、少しむきになって言い返す。
「そんなに強くて! きっと、魔法だって、使えるんでしょ!」
「先に言っとくがな」
じいちゃんは、笑いを収め、真顔でギンを見た。
「わしは――おまえと、同じじゃ。魔法の適性なんぞ、まったく、ない」
「え……?」
ギンは、目を丸くした。
「加えて言うとな。魔力の量も――今でこそ、そんじょそこらの魔法使いにゃ負けん量になっとるが、若い頃は並以下じゃったんじゃぞ。本当じゃ」
じいちゃんは、そこで、にやりと笑って。
「だがな――わしにも、夢があったんじゃ」
その目は、波の向こう――ずっと、遠くを見ていた。
「そのためには、どうしても、強くなる必要があった。じゃから、頑張った。血反吐を吐くほど、な。……気づけば、おまえの言う"天に選ばれた"やつらの、誰よりも強くなっとった。――夢も、叶えたわい」
――かちり、と。
ギンの中で、何かの歯車が噛み合って――一斉に、回り出した気がした。
「才能が関係ない、とまでは言わん。じゃがな――"持っとらん"ことは、"できん"理由には、ならんのじゃ」
じいちゃんは、ギンの目を、まっすぐに見据えた。
「夢が叶うかどうかは――ギン。おまえの、頑張り次第じゃ」
「……っ」
「どうじゃ? 月並みなことしか言えんかったが――少しは、元気出たか?」
ギンは、目元をごしごしと擦って、勢いよく立ち上がった。
「はい!」
――それから、少しだけ、照れくさそうに。
「あ……そういえば、明日から、弟子になるんでしたよね。……えっと。なんて、お呼びすれば?」
「がっはっは! なんでもいいわい! ジークでも、ジジイでも――なんなら、師匠でもな!」
「じゃあ――師匠!」
「うむ、それでいい!」
じいちゃんは、にかっと笑って、ギンの頭をわしわしと撫でた。
「言っとくがの、ギン。おまえには――特に厳しく、鍛えてやるからの。覚悟、しとくんじゃぞ?」
「はい!」
――その顔は、もう、俯いてなどいなかった。
波音を背に頷いた少年の顔は、やる気に、満ち溢れていた。




