34話
ランの家での作戦会議は、いい案も出ないまま、そのままお開きになった。
村人全員に身体強化を教える——大枠の方針は決まった。
だが、肝心の「どう説明して、どう納得してもらうか」という一番厄介な部分は、まだ何ひとつ固まっていない。
帰り道、ギンとランの足取りも、心なしか重かった。誰も、うまい案を思いつかなかったのだ。
家に着いてからも、頭の中ではずっと同じ問題がぐるぐると渦を巻いていた。
三年後、ヴァイキングがこの村を襲う。
何もしなければ、皆殺しにされる。
だから村人全員に、身体強化という技を教える。
そのためにはこの俺の力が必要になる——。
これらを、正直に全部話して。
村人たちは、それを信じて、素直に協力してくれるだろうか。
……無理だ。考えるまでもない。
「エル! 何してるの? はやくご飯食べちゃいなさい!」
母――サイサの声が、思考を吹き飛ばした。
「はあーい」
いつもの調子で返事をしながら、椅子によじ登る。
湯気の立つ鍋料理の匂いが、鼻先をくすぐった。父はまだ帰ってきていない。今日も、遅いのだろう。
……村人全員、か。
ふと、目の前で忙しなく動く母の背中を見つめる。
当然、その"村人"の中には、父と母も含まれる。
もし、二人にも本当のことを話したら――どうなるんだろう。
赤ん坊のころから鍛えていたこと。ステータスもスキルも、とっくの昔に使いこなしていたこと。
ジークじいちゃんを負かしかけたこと。ヴァイキングの襲来を、もうずっと前から知っていたこと。
全部。
……気持ち悪いって、思われないだろうか。
それだけじゃない。
自分の産んだ子供が、実は生まれたときから何もかも自覚していて、裏で勝手にとんでもない力を蓄えていた――そんなことを知ったら、普通の親は、どう思うだろう。
喜ぶより先に、恐怖するかもしれない。
得体の知れない何かを育ててしまった、と。
――少し、いや、かなり、不安だった。
それでも。
「エル、ぼーっとしてないで、ちゃんと食べなさいね」
スプーンを差し出しながら、母が笑う。
その笑顔を見ていたら、不安がすとんと胸の奥に落ちて、代わりに別のものが込み上げてきた。
――嫌われても、いい。
それでも、この人たちを守りたい。
前世では、最後まで、迷惑をかけどおしだった。
今度の人生では――ちゃんと、幸せにしたい。恐れられてでも、生きていてほしい。
それだけは、譲れない。
「……ごちそうさま」
器を空にして、俺は静かに席を立った。
さて。
考えてばかりいても、仕方がない。
やることは、ひとつだけだ。
――訓練、訓練。
まずは、ステータスの確認だ。
部屋で寝かしつけられた後、目を閉じて、意識を集中する。
(ステータス)
【名前】エル
【レベル】1
【力】34(+9)
【器用】17(+7)
【敏捷】24(+9)
【知能】29(+3)
【魔力】82(+24)
【運】10
【魔法】身体強化
【スキル】魔力操作、魔力同調(NEW)
……この一ヶ月で、ずいぶんと数値が伸びた。
力と敏捷は、間違いなくじいちゃんとの実戦訓練の成果だろう。あの化け物じみた老人相手に、毎日のように続けていたのだから、伸びないほうがおかしい。
器用が大きく上がったのは、ギンやランとの連携訓練のおかげだ。互いの動きを読み、間合いを合わせ、息を合わせる――ひとりでの鍛錬では得られない類の成長だった。
そして、魔力。
この数値の伸びだけは、少し異常だと思う。常時発動している身体強化に加えて、トレーニングとして累纏を組み込んだことで、魔力の消費量は文字どおり桁違いになった。枯渇するたびに魔力の器が広がる――その仕組みを、これでもかというくらい酷使し続けた結果だ。
スキル欄に新しく加わった「魔力同調」。これは、ギンの魔力に初めて接続できたあの日に、いつの間にか刻まれていたものだった。
……よし。
現状は、悪くない。
さて、今日も日課をはじめよう。
もちろん、累纏を発動したままで。
一ヶ月前は、発動して数秒と経たないうちに魔力が枯渇し、そのまま気絶していた。それが今では――発動時の魔力ロスも、だいぶ抑えられるようになってきている。
筋トレのメニューをひととおり終えても、まだ意識はしっかりしていた。
……成長したな。
地道な積み重ねが、こういう瞬間にちゃんと形になって返ってくる。最高の気分だ。
筋トレの次は、魔力の訓練――と言いたいところだが、累纏を維持し続けているこの状態自体が、すでに十分すぎるほどの魔力訓練になっている。
それでも、まだ足りない。もっと上を目指したい。
……そういえば。
ジーンおばあちゃんに、魔法について聞くのを、すっかり忘れていた。
自分に魔法の素養があるのかどうか。それすら、まだわかっていない。明日、真っ先に聞いておこう。
今日、俺が取り組むのは――以前から温めていた。
累纏の次の段階。




