32話
じいちゃんの背に担がれたまま、ジーンおばあちゃんは終始ぶつぶつと文句を言い続けていた。
「まったく、この歳になって背負われるとはね……。だいたい、あんたね、孫だからってちょっと調子に乗りすぎなんじゃないのかい」
「ガッハッハ! なんとでも言え! 今日ばかりは免罪符をもらったようなもんじゃ」
軽口を叩き合いながらも、じいちゃんの足取りはまるで危なげない。ジーンおばあちゃんの毒舌も、いつもより幾分か勢いがなかった。
——よっぽど、腰にきたんだろうな。
俺たちは、そのまま応接間へと通された。
卓の上には、以前も食べたあの寒天のような菓子が積まれている。ご褒美、ということらしい。
「うわ、また食える!」
「やった〜!」
ギンとランが、我先にと手を伸ばした。俺も一つつまんで口に運ぶ。舌の上でとろけるような甘みが、疲れた体に染み渡っていく。
——おいしい。単純に、おいしい。
だけど。
卓の向こう側では、じいちゃんとジーンおばあちゃんが、真剣な顔で話し込んでいた。
「なんだって? 身体強化の習得自体は、一週間ほどでできていた? そりゃ、本当かい」
「ああ、本当じゃ。わしもその場で見ておったからの」
声は、抑えられている。子供に聞かせるつもりのない、大人だけの声量だった。
でも、そういうときに限って、耳はよく拾ってしまうものだ。
「これは……とんでもないことだね」
ジーンおばあちゃんの声が、わずかに硬い。
「ああ。国が——いや、世界がひっくり返るようなレベルじゃ。なんせ、ただの子供が、たったの一ヶ月で、戦場でも戦える手練れになるんじゃぞ」
「ああ、わかっているさ。……エル。あの子は、本当に何者なんだい」
「わしの孫じゃ」
「それはまあ、見たらなんとなくわかるよ。それにしても、あんた以上だよ、この規格外っぷりは」
「ガッハッハ! そりゃ、わしなんぞ軽く超えてもらわにゃ困るわい」
いつもの調子で笑うじいちゃんの声。だけど、ジーンおばあちゃんは笑わなかった。
「はあ……。そういうのは、一旦置いといて」
湯呑みを置く音が、やけにはっきりと響いた。
「本当に、エルの力をここで借りていいのかい? あんたも、さっき言ってただろう。これはとんでもないことだって。……あらゆる組織、国が、エルを攫いにくる可能性だって、あるんだよ」
「……うーん、それはそうじゃのう」
じいちゃんの声が、初めて詰まった。
——攫いにくる、か。
俺は、菓子を頬張ったまま、視線だけを動かした。
ヴァイキングから村を守る。それだけを考えていた。だけど——そうか。強くなるっていうのは、同時に"欲しがられる"ってことでもあるのか。
この世界には、王国があり、傭兵団があり、きっともっと大きな組織だってあるはずだ。そういう連中が、身寄りのはっきりした二歳児を、指をくわえて見ているだけとは思えない。
力を示せば示すほど、村のためになる。
でも、力を示せば示すほど、俺自身が——狙われる的になる。
隣で呑気に菓子を頬張っているギンと、うっとりと目を細めているラン。二人は、まだこの会話の重さに気づいていない。
——このまま、大人たちだけで俺の扱いを決めさせるつもりはない。
俺は、口の中の甘みをゆっくりと飲み込むと、静かに椅子から立ち上がった。
「エ、エル?」
ギンが、驚いた顔でこちらを見る。だけど、構っている場合じゃない。
「ジーンおばあちゃん。約束したよね」
まっすぐに、目を見つめる。
その場の空気が、ぴたりと止まった。じいちゃんとジーンおばあちゃんが、同時にこちらへ振り向く。
「……聞いてたのかい」
「うん、ぜんぶ」
悪びれずに頷いてやると、ジーンおばあちゃんは小さく息を吐いた。
「……エル。確かに、約束はした。この一ヶ月で、作戦の実現性が示せたら、協力すると。でも、ねえ……」
言葉尻に、迷いがにじむ。俺という"駒"の価値を、測りかねているような目だった。
「大丈夫だよ」
俺は、できるだけ落ち着いた声で、そう告げた。
「俺は、もっと強くなる。じいちゃんにも負けないくらいに。——そうすれば、誰が相手でも、大丈夫でしょ?」
言い切ってから、内心で苦笑する。
——我ながら、二歳児の台詞じゃないな、これは。
だけど、それでいい。
じいちゃんが、ふっと相好を崩した。
「ガッハッハ。……こりゃ、敵わんわ」
「まったく……本当にいいんだね」
ジーンおばあちゃんは、呆れたように首を振りながら——それでも、その口元には、確かな笑みが浮かんでいた。




