16話
ランは、息を殺していた。
雑木林の木陰に身を潜め、岩礁地帯の方角を見つめながら——ギンが捕まる瞬間を見ていた。
「え……ちょっと」
思わず声が漏れた。
「なにあれ。意味わかんない」
化け物だ。あのじいさん、化け物だ。
片足を封じられているはずなのに、岩場をまるで平地のように駆け抜けた。
追い詰められたギンが逃げようとした、その瞬間——岩が砕けた。あの大きさの岩が、片腕の一撃で。
ランの中で、なにかが書き換わった。
——本気でやっていい。むしろ、本気でやらないとどうにもならない。
そもそもの作戦はこうだ。ギンが岩礁地帯で時間を稼ぎ、その間にランが雑木林で迎え撃つ。
「おいかけっこで迎え撃つってどういうこと?」とランもギンも首をかしげたのだが、エルが「だいじょーぶ」と言うから、まあ大丈夫なのだろうと信じた。
信じた——が。
あの動きを目の当たりにすると何をしても大丈夫なんだろうと納得した。
ならやるしかない。
ランは視線を落とし、自分が仕掛けた罠の在処を頭の中で確認した。
ジークがギンを脇に抱えたまま、ひょいひょいと片足で跳ねるように雑木林へと踏み込んでくる。
「さあ、次はお嬢ちゃんかなー?」
楽しそうな声だった。本当に孫と遊んでいる気分なのだろう。
ランは木の枝の上に静かに移動しながら、呼吸を整えた。
その時——かすかに、枝を踏み折る音が鳴った。
ランが施した音鳴りの仕掛けがうまくいったのだ。
ジークが、ひとっ跳びで音の発生源へと飛んだ。
「みーつけ……」
着地の寸前、地面が、抜けた。
落とし穴だった。
枯れ葉と細枝で丁寧に偽装した、深めの穴。大人が落ちれば体勢を崩して無事では済まない、そのくらいの深さのはずだった。
「がっはっは! ひっかかった!」
——笑い声が、穴の底から響いた。
次の瞬間、ジークは土壁に左腕を深々と突き刺し、それを支点に勢いよく地上へと跳ね上がった。
そして。
バチン、バチン、バチン——と連続して鋭い音が弾けた。
続いて枝トラップが、作動した。
しなった枝を目いっぱい引き絞り、蔓で固定する。それを何本も仕込んでおき、一本の引き縄に連動させる——落とし穴から出てきた瞬間に、四方八方から枝の鞭が叩き込まれる仕掛けだ。
「ほっほー」
ジークは、すべてをかわした。
右足を使わぬまま、ただひょいひょいと体を揺らすだけで、枝の鞭は全て空を切った。一度も、かすりもしなかった。
「うっそ……」
ランは木の枝を蹴って移動しながら、静かに悟った。
これは、勝てない。
頭では理解していた。体は反射的に逃げようとしていた。しかし木の上を飛び移るランの視界の端で、ジークはもうそこにいた。
——あっ、と思った瞬間には、もう終わっていた。
首根っこを、ふわりと掴まれていた。
「つーかまえた」




