13話
幼児の朝は早い。
目をこすりながらリビングへ足を踏み入れた俺が最初に目にしたのは——肉だった。
でかい。とにかく、でかい。
テーブルの上に鎮座するそれは、どう見ても規格外の塊だ。この家の食卓では到底お目にかかれない代物である。
そして——その肉の前に、ジークが座っていた。
「おおー孫! いや、エル!」
俺を見つけるやいなや、満面の笑みで飛びついてくる。
……どうせ逃げられない。大人しく身を委ねることにした。
持ち上げられ、もじゃもじゃのヒゲで頬ずりされ、高い高いをされるがままに受け入れる。ヒゲは痛いし、なんとも言えない匂いもするし、正直ちょっと嫌だ。
しかし——高い高いは、なぜか悪くない気持ちになった。
むしろ、もう一度してほしいとさえ思う。
……歳相応の感情も、ちゃんと育ってきているらしい。
「元気だったかー! しばらく見ないうちにまた大きくなって!」
「一日だけだろ、親父。そこまで変わってないよ」
父は呆れ顔でそう返した。
「それで、どこへ行っていたんだ?」
父の問いに答えようとするジークだったが、俺が高い高いを気に入ったと見るやいなや、ますます勢いが増した。いつの間にか天井すれすれまで放り投げられている。
こわい。さすがに、こわい。
「ちょっとこの子にうまいものを食わせてやりたくてな! イースガルム山脈へ、白鬼豚を狩りに行ってきたんだ!」
——お。知らない名前が一気に二つも出た。
「イースガルム山脈だって? 凶悪な魔物の巣窟で、Aランクの冒険者でも立ち寄らないっていうあの?」
「がっはっは! そんなたいしたもんじゃねーよ」
ジークは俺を抱えたまま、どかどかと肉の前まで歩み寄った。
「エル、白鬼豚の肉だ。こいつらはな、極寒の中でもすばしっこく力強い。敵としてはなかなかの脅威なんだが——これが、美味いのなんの」
説明しながら、ジークはずずっとよだれをすすった。
……そんなに美味いのか。思わず笑顔になってしまう。
「へー! どのくらいつよいの?」
「じーちゃんよりは弱い! がっはっは!」
白鬼豚か。前の世界では当然、聞いたことのない生き物だ。「魔物」という言葉も気になる。この世界の魔物とはどういう存在なのか——聞きたいことが山積みだ。
「エル! そろそろランちゃんたちが迎えに来るんじゃない? 朝ごはん、食べないと!」
母の声で会話が遮られた。母の指示は絶対だ。
——まあいい。ジークは戻ってきたのだ。今日こそじっくり話を聞く機会を作ればいい。そう頭の中で段取りを組みながら、朝食の席につく。
「あ、お義父さん。よかったら今日、エルと遊んでやってもらえませんか?」
渡りに船とは、まさにこのことである。
母は偉大だ。




