11話
翌朝、目を覚ますと祖父の姿はなかった。
「ああ、親父ならちょっと出かけるとか言ってたぞ」
父は朝食の準備をしながら、特に気にした様子もなくそう答えた。
「いちゅかえってきゅる?」
「さあな。しばらくはこの村にいるとは言っていたが……まあ、親父だからなあ」
苦笑いの中に、どこか諦めの色がにじんでいる。
「ちょっと行ってくると言って三年ほど音沙汰なし、なんてのもざらなんだよ、あのおっさんは」
どうやら昔から相当に苦労をさせられてきたらしい。
「じーちゃんはかいぞく?」
「ん? あー、海賊ではないけど、まあ似たようなもんかな」
父は曖昧に笑った。
「たぶんこの村の近くにはいると思うぞ。探して遊んでもらえ。じいちゃんも喜ぶだろう」
そう言い残して、父は仕事のために家を出た。
……うーむ。
昨日の話の続きを聞こうと思っていたのだが、当てが外れた。協定の件、ヴァイキングの動向——まだまだ情報が足りない。
祖父を探す手もあるが、ちょうどその時、聞き慣れた声が外から飛び込んできた。
「エールくーん! あそびましょー!」
そら来た。ランの声だ。
「ママ。ランとギンとあそんできゅる」
「はいよ。お姉ちゃんたちのいうことちゃんと聞くんだよ。ランちゃん、お願いね」
「はい!」
母は牛の世話を中断してこちらに来ると、俺の頬にキスをして送り出してくれた。
まだ一歳児だ。外出時はひとこと報告が欠かせない。情けなくもあるが、これが今の俺の現実だ。
いつもの広場に着くと、ギンはすでに待っていた。
「おそいぞ、エル!」
「待ってたのはあなたよ、ギン」
ランがやれやれという顔でたしなめる。こういうやり取りも、いつの間にか日常になった。
「ランおねえちゃん。きのうのはなしは?」
本題だ。俺はさっそく切り出す。
「うん。おばあちゃんに予知夢の話をしたの」
ギンが静かに唾を飲み込むのがわかった。
「そしたら——まだ覚醒していないから、なにかの間違いだろうって。ヴァイキングはここには来れないようになっているって」
「来れないってどういうことだ?」
ギンがすぐさま聞き返した。
「うーん、わかんない。なんか取り決め? 契約みたいなのがあるらしいんだけど」
……なるほど。
昨夜、祖父が口にしかけていた——"協定"というやつだ。
だが情報が少なすぎる。「取り決めがある」というだけで、その中身も、誰がいつ結んだかも、今もなお有効なのかどうかも、何もわからない。
リンドン村が壊滅したという事実は聞いている。ならば、その"協定"とやらが果たして守られているのか——俺には甚だ怪しく思えた。
「あの夢にちゅいて、もっとおしえて?」
俺はランに向き直った。
「え? うーん……」
ランは少し戸惑いながらも、視線を遠くへやり、ゆっくりと話し始めた。
「お父さんたちはハドックが大漁だって喜んでた。そこに船がたくさん来て、熊みたいな人たちが皆を……そこからは前言った通り」
「どこに?」
「うーん……あの漁業場だとおもう」
言葉を探すように、ランの声が細くなった。夢という性質上、細部は曖昧なのだろう。それでも——この情報は貴重だ。
ハドックが取れてるってことは冬。それもきっと初冬だ。
この地域の冬は海も凍る。
船なんて無用の長物になる。
おそらくこの村が蹂躙される。
今わかっていることは、それだけだ。
せっかく自由に生きられる新しい人生を手に入れたのに——絶対に、まだ死ぬわけにはいかない。
それに。両親。この子たち。守りたい人たちが、いる。
「……エル、どうかしたか?」
ギンが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「ううん、にゃんでもない」
——やはり、祖父を探さなければならない。
あの人が知っている"協定"の中身を。
俺は首を振り、気持ちを切り替えた。
よりいっそう強くならないと。
生き残るために。
トレーニングをしよう。
「じゃあきょうもまほうつかいごっこからしよー」
年齢相応に無邪気で言ったつもりだったのだが、
ランとギンはあからさまに険しい表情をした。




