102話
「冗談……よね? エル」
ランが、いつもより強い口調で、そう言い返してきた。
――今から。
新しい魔法を、覚える。
だなんて。
しかも――私が。
できるはずが、ない。
ランお姉ちゃんは、拳を強く握りしめ、その手を震わせながら、そう言った。
「確かに、普通なら無理だよ」
俺は、静かに、けれどはっきりと告げる。
「――でも、ランお姉ちゃんになら、できる」
ランは、口をへの字に曲げた。
「でも……もし、できなかったら」
――自分が、殺してしまうかもしれない。
ランは、先ほどの応急処置の中で、その恐怖と、まさに今、直面していた。
「エル君! 段々、脈が弱くなってる!」
アスリッタさんが、叫ぶように声を張り上げる。
「ランお姉ちゃん!」
「無理よ! 無理無理無理! わああああ!」
ランは、両耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込むようにして、塞ぎ込んでしまった。
俺が、しゃがんで話しかけようとした――その時。
その腕を、ギンが、強く掴んで止めた。
「俺に――任せてくれ」
ギンは、そう言うと、ランの前に立ち、両肩をガシッと掴んで、無理やり立たせる。
目を見開いて、驚くラン。
その体を、ギンは、そのまま抱きしめた。
「え……? ちょ、ギン……!?」
ランが、あからさまに動揺した声を上げる。
だが、ギンは、それを無視するように、さらに強く抱き寄せた。
「ラン。……お前なら、できる」
その一言に――ランの中にあった動揺は、いつの間にか影を潜め、代わりに、羞恥だけが表に浮かんでくる。
ギンは、なおも、強く抱きしめ続けた。
――次第に。
ランの呼吸が、少しずつ、落ち着いていくのが、はっきりとわかった。
完全に落ち着いたのを確認すると、ギンは、そっとランを離した。
「エル」
ランは、俺のほうを見て、静かに言った。
「……ごめんなさい。やるわ」
「――ありがとう」
俺は、すぐさま、ランお姉ちゃんに、新しい魔術についての構想を説明し始めた。
この発想は――ランのイメージの構築力が、全ての鍵を握っている。
おそらく、この世界の人間には、到底理解できない内容だ。
理解できなければ――魔法には、できない。
だが。
俺は、あの日のことを思い出していた。
ステータスの存在を、ギンとランに教えた、あの日のことを。
あの時、二人は、"ステータス"という概念そのものすら、まるで理解していなかった。
それでも――少しイメージを共有しただけで、二人は、見事にステータスの表示に成功させていた。
……ちなみに、じいちゃんに同じことを試した時は、どれだけイメージを共有しても、ステータスの発現には至らなかった。
このことから、俺は――幼少期の、吸収力に富んだ柔軟な脳であれば、現代の知識も、比較的すんなりと受け入れられるのではないか。そう考えていた。
「ランお姉ちゃん。今から僕が言うことは――生命の根幹」
俺は、ランの目をまっすぐに見て、そう告げる。
「ステータスのことを、思い出して。僕が、今まで、嘘を言ったことは――あった?」
ランは、少し考えて。
「……ないわ」
そう、答えた。
俺は、その返答に頷いて、続ける。
――おそらく、このイメージ共有さえ成功すれば。
ランは、光魔法の回復術師として、何段階もステージを飛び越えることになる。
「ランお姉ちゃん。目を瞑って。よく聞いて」
ランが、素直に目を閉じる。
「僕たちのこの体は――目に見えない、とんでもなく小さな粒々で、できているんだ」
ランは、眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。
「うーん……? うん。……うん?」
「そして、その粒々は――途方もないほど多く存在してる。夜の星の数よりも、ずっと多い」
「うーーーん……?」
「それは、分裂したり、くっついたりする。それを繰り返すことで――僕たちの体は、作られているんだ」
「うん……? うん、わかった!」
「だから――父さんの、損傷した臓器の粒々。その分裂活動を、活性化させれば……」
「臓器の損傷を、修復できる……ということね」
俺は、頷いて肯定した。
「小さい粒々。分裂。活性化……」
ランは、目を閉じたまま、ぶつぶつと、俺から聞いた言葉を、自分の中に落とし込んでいく。
――時間は、刻一刻と、迫っている。
アスリッタさんの視線が、痛いほどに、こちらを急かしていた。
「――やるわ」
ランが、目を開いて、そう言った。
その瞳には――強い、意志の光が、宿っていた。




