第67話「隠された想いと告白の朝」
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俺はエルザの思いもよらない言葉に一瞬戸惑った。
目の前で真剣な表情を浮かべる彼女を見て、冗談や軽口ではないと悟る。
横を見ると、ルクスもまた困惑の色を隠せないようだった。
「………憎いのだ」
静かに響く声。その短い一言には確かに重みがあった。
「俺……がか?」
思わず問い返した俺の声は、少し裏返っていた。
エルザの目をじっと見つめたが、その真意はまったく読み取れない。
「そうだ」
短くも鋭い返事が返ってくる。
俺は内心の動揺を隠すことができず、脳内で過去を必死に振り返った。
エルザに何か悪いことをしたか?
……いや、俺が彼女にされたことなら山ほど思い当たる節がある。
だが、俺から何かした覚えはない。
まさか、花を摘みに行くと言っていたエルザをからかったことが原因か?
しかし、それにしては妙に深刻すぎる。
「……分かった、受け止めるから教えてくれ」
俺は覚悟を決めた。
ここで逃げるようなことをしたら、エルザの信頼を損ねるかもしれない。
「………いいのか?本当に」
エルザは険しい顔つきのまま俺に問いかける。
その声にはわずかながら戸惑いも混ざっているようだった。
「ああ」
俺は頷いた。何があっても受け止める覚悟を持っているつもりだった。
「お前には……出来ないことかもしれない……それでもいいのか?」
一瞬、エルザの言葉が耳を打つ。
俺にはできない……? 言ってくれるじゃないか、エルザ。そんなことを言われたら、俺は何がなんでもやってやる。
「任せろ。なんでもやってやる……お前がそれで救われるのなら、俺はなんでもやる覚悟だ!」
自分でも驚くほど真剣な声が出た。
胸の内から湧き上がる決意が、自分を奮い立たせていた。
「………本当か?本当の本当なのだな?」
流石にちょっとウザく感じてきていた俺だが、エルザはじっと俺を見つめたまま問いかける。
その目には確かに不安と期待が同居しているように見えた。
「ああ!任せろっ!」
言い切った俺の声に迷いはなかった。 エルザもまた、それに安堵したような表情に変わる。
そして彼女は――
「なら私と結婚してくれ!!!」
――驚くべき言葉を放った。
…………うーーーーーーーーーーーーーーーん?
何だ、この展開は。
俺の頭が一瞬真っ白になる。
あれ?今そんな話だったっけ?
俺は、エルザから憎しみをぶつけられ、最悪死んでくれとか言われる覚悟だったんだが……。
どういうことだ、これ。
(アッハッハッハッハッ!ウケる)
内野が爆笑している。うるさい、内野がうるさい。
「待て、エルザ……すまない、急かしすぎた……もうちょっと考えて言葉を喋ってくれ。お前は今、言葉を間違えた」
冷静さを取り戻した俺は、そう言ってエルザを宥める。
「ああ、そうかすまない……私としたことが……」
エルザも納得したように小さく頷く。
ほっと胸を撫で下ろす俺。
よかった、なんだ間違いか。ビックリしたよ、マジで。
「夫になってくれ!!!!!!」
……聞き間違いじゃなかったのかよ。
俺の意識が遠のきそうになる。 思わず目を閉じて深呼吸した。
「……エルザ……」
「だってそうだろう!?私だってアスフィが好きだ!大好きなのだ!」
「なのになんだ!?昨日ディンが作り出した幻想の中で私はルクスに約束しただろう!勝負をしようって!なのになのに!昨夜廊下を歩いていたらアスフィの部屋から甘い声が聞こえるではないか!!ああもちろん私もいつもみたいに邪魔してやろうと思ったさ!でもルクスが『僕っ子』になっていたんだ!そんなのもう私の空気ぶち壊しムードじゃ崩せないだろう!!」
エルザは早口で捲し立てた。
しかも、やっぱり意図的だったのかよあの邪魔。 白状しやがった、このお嬢様。
「はぁ……はぁ………」
「お、おう」
「大変だったんですね……エルザも」
俺とルクスは若干引き気味だった。 いつものエルザ……ではなかった。
確かにこれは本心をさらけ出したといえばそうだが……。
「……ん?待て、エルザ。お前ルクスの幻想の世界に入れたのか?」
「……はぁ……ん?ああそうだが」
待て待てどういうことだ。
手を握りしめていたから?いや、俺もルクスの手をしっかり握りしめていたぞ?
手汗が出る程にな。それなのになんでエルザだけルクスの世界に意識を持った状態で入れたんだよ。
これについてもまたディンに聞いておくか。 答えてくれるかどうかは怪しいが。
「にしてもエルザお前、そんなに俺のこと好きだったのか」
「ああ!私はレイラを……友達を守れなかった。あの時、死んでもいいと……天国で会えると本気でそう思った。そこに白馬の王子様の如くアスフィが現れたのだ。そんなもの好きになるに決まっているだろう……」
ということらしい。
幼少期のエルザお嬢様は昔から絵本が大好きだった。その大半は白馬の王子様が出てくる物語だったとのこと。
見た目に反して、めちゃくちゃ乙女なエルザだった。
「後はパトリシアに乗っていれば完璧だっただろう」
「……そうかよ」
「エルザは幼少より変わりませんね……」
俺たちはお互いの本心を全てさらけだした。
その後も話し合った……どれだけ好きかとか、そんな話だ。
だが、これによって待ち受けているのは誰もが想像できることだ。
(こりゃ修羅場だな)
気が付けば日は暮れ夜になっていた。
あれからディンは帰ってこない。またアイツら会議でもしてんのかね。
しかしこれからは、本格的に注意しないといけない。
ディンが言っていた『刺客』とやら。恐らく……いや、十中八九相手は神だろう。
アイリスや戦神アレスにさえ勝てなかったというのに、そんな奴らに攻めてこられたら勝てる気がしない……。
また守れなかったなんて俺はゴメンだ。
「――アスフィ、お風呂に入りましょう」
「アスフィ!今日は私も一緒だ!」
何も考えてなさそうだな、こいつらは。
いつものルクスとエルザだ。俺はきっとまた間違える。
(その時は俺が正す)
ああ、そうしてくれ。
まずはこの修羅場をどうにかして、そしてマキナを探す旅に出る。
これが俺達の最優先事項だ。
「……ああ今行く」
***
翌朝。
ベッドが狭い……。
「暑苦しい……狭いぃ」
……流石に一つのベッドに三人は無茶だろ。
肩と腰が痛くて、寝返りを打つたびに誰かにぶつかる。おまけにエルザが俺の腕を掴んで離さないし、ルクスは俺の背中にぴったり張り付いている。 これじゃ眠れるわけがない。
結局、ほとんど眠れなかったな。
だが、これからはそんな贅沢な時間すら許されなくなるだろう。
いつ刺客が襲ってくるか分からない状況だ。
常に神経を張り詰めておかないと、命を落としかねない。
少しでも体力を回復しておかないと、大事な時に動けなくなる。
自分にそう言い聞かせながらも、どうにも寝付けない。
……ああ、でも俺は眠らなくても良いんだっけか。
過去の経験から、無理をすれば意外とどうにかなると思ってしまう自分がいる。
(辞めておけ。死ぬぞ)
頭の中で響いた声が、冷ややかにそう言い放った。
確かに、無理をして得るものよりも、失うもののほうが遥かに大きいだろう。
「……分かったよ、自分に従うさ」
俺は呟きながら、意識的に体の力を抜いた。
目を閉じ、浅い眠りでもいいから体を休めることに集中する。
心地よいとは言えない状況だが、わずかな休息でも今の俺には必要だ。
少しだけ、ほんの少しだけでも――。
そう思った矢先――
「あっははは!君たちアツアツだねー!」
ディンがノックもせずに部屋に入ってきた。
「……ああ、おかげで暑苦しくて眠れなかったよ」
「まぁ私としては全然いいよ!『アスガルド帝国』の人口が増えるのはいい事だからね!」
「……」
何の話をしているんだ、こいつは。
「さぁそこの眠ったフリをしてアスフィに抱きついている二人!君達も起きる時間だよ!」
ディンの明るく響く声が、静かな朝の空気を突き破った。
俺は一瞬、その言葉の意味を理解するのに時間がかかったが、すぐに状況を察した。
「………」
「………」
ルクスとエルザは無言のまま、微妙に体を硬直させている。
だが、その反応が全てを物語っていた。
「お前ら起きてたのかよ……」
俺が半ば呆れたように言うと、二人は気まずそうに視線を逸らした。
「昨夜はその……眠れなかったからな」
エルザが控えめに言い訳を口にする。
その横で、ルクスも小さな声で続けた。
「そ、そうですね……はい」
二人の顔は見事に赤く染まっている。
完全にバレている。いや、むしろ隠そうともしていないようにも見える。
俺は思わずため息をついた。
「本当にお前ら……昨夜、俺が眠れなかったのはお前らのせいなんじゃないかって気がしてきたよ」
ディンはそんな俺たちのやり取りを見ながら、口元に笑みを浮かべている。
「うんうん、いいねいいね!青春って感じだよ!」
こいつは楽しそうだが、こっちはそれどころじゃない。
それでも、この朝の一コマが少しだけ俺の疲れた心を軽くした気がした。
「楽しそうでなによりだ!で、いつ産むんだい?」
ディンのその一言に、一瞬場が凍りついた。
……いや、凍りついたのは俺だけではない。
ルクスとエルザも耳まで真っ赤に染め、声を失っている。
デリカシーという言葉を本当に知らないのか、この神様は。
俺は呆れるやら困惑するやらで、頭を抱えたくなった。
「……おい、ディン」
「ん?どうしたの、アスフィ?」
悪びれる様子もないディンに、俺は咄嗟に話題を変えることにした。
こんな話を続けていたら、いつか本気で誰かが倒れるかもしれない。
「マキナはどの辺にいると思う」
ディンは少し首をかしげて考え込む。
「ああ、マキナね。うーん、そうだねぇ……基本的に彼女はひとつの場所に留まることが多いよ?」
「ひとつの場所……って、具体的にはどこだ?」
「それはね、フィーなら知ってるんじゃないかな?」
フィー……確かに彼女ならマキナのことを知っていそうだ。
心当たりがあるなら、手がかりとして十分だろう。
で、どうなんだ?
(心当たりならある)
頭の中で聞こえたフィーの声に、俺は小さく頷いた。
「分かった。助かる、ディン」
ディンはにっこり笑いながら肩をすくめる。
「うんうん、いいってことだよ!でもさ、アスフィ、本当にもう行くの?もっとゆっくりしててもいいんじゃない?」
俺はその言葉を適当に流しながら、次の行動を考え始めていた。
マキナを探し出すこと――それが今の俺たちの最優先事項だ。
「もう行くのかい?もうしないの?昨夜のアレ!」
ディンの軽口に、ルクスとエルザは顔を真っ赤に染めた。
言葉を失い、ただ俯くだけの二人の姿は、逆に全てを物語っている。
「お前見てたのか……?」
俺が鋭く問いかけると、ディンは悪びれることなく胸を張った。
「私は知りたがりの神様でね!どんな些細なことでも知恵として蓄えたいんだよ!」
その堂々とした態度に、呆れるのを通り越して逆に感心しそうになる。
「………そうかよ……やっぱ神は何考えてんのか分かんねぇ」
正直、こいつの思考回路を理解するのは諦めた方が良さそうだ。
「もう行くならせっかくだし、この街を案内してあげるよ!観光ってやつだね!ほら、君達まだここに来てそんなに見て回ってないでしょ!」
ディンの提案に一瞬迷ったが、確かにこの街をまともに見て回ったことはない。
いや、正確にはそんな暇はないんだが……。
だが、腹も空いているし、一応頷いておくことにした。
「……分かった、ディン頼む」
「おっけー!任せてよ!」
***
俺達はディンの家を出た。
神木を降り、久しぶりに街を見下ろす。そこには多種多様な人種が行き交う活気ある風景が広がっていた。
「相変わらずここは色んな種族がいるんだな」
その賑やかさに少し感心しながら歩いていると、ディンが得意げな顔で話し始めた。
「そうそう!この子達も昨夜の君たちと同じことをしてね――」
その瞬間、俺は彼女の言葉を遮った。
「もういいって、その話」
ディンの無神経な一言に、エルザとルクスはまたしても真っ赤になり、俺は深いため息をついた。
ディンは空気を読まないエルザ以上にタチが悪い神だった。
「ディン、あんまり余計なことを言うと、マジでお前を置いていくぞ」
「ええー!?それは困るなぁ!」
ディンは大げさに肩をすくめると、笑いながら先を歩いていった。
俺は肩を落としつつも、目の前に広がる街の風景にほんの少し心を和らげた。
だが、気を抜くのはここまでだ。これからが本当の勝負になる。
ご覧いただきありがとうございました!
エルザ、、、積極的。な回でした。




