第四十話「禁忌の行方」
そしてユーキにも新たな試練が訪れる。それはヴァスパーラ共和国とアーシラドゥン王国へ潜入しての偵察任務だった。両国との話し合いは行き詰まっており、今回のトライポッド越境に対して、もう悠長に構えている時間はこの国にはなかったのだ。
従属の魔道士を従え、水晶の卵に操られる人間を排除し情報を集めるのだ。
「こんな仕事は断ってもいいのよ?」
「いや、僕だけがのんびりとしていられないよ。皆、命を賭けて戦っている」
「そう……、無理はしないでね」
「分かってる」
マリエッタとフィリスの件もあり、カナはユーキを気づかう。
「カルトにはカルトだ。神でも悪魔と手を結んででも、ヤツらを排除しなければ」
火星人の目的は、この世界の全ての生物の排除である。自分たちだけは助かるとの、悪魔の囁きが反乱の芽を生んでいた。
「レティシア様ってどんな人なの」
「優しくて慈悲深い人よ。産まれながらに強い力があった。だから……」
カナは下を向く。
「そうか……」
王族もまた揺れていた。
◆
城の深部。地下の廊下を、ユーキは案内の魔道士と共に進む。この国一と言われる魔道士に対面するためだ。
促され対面の間に入り、暗闇に目をこらす。壁に掛けられているいくつもの魔法ランプがほのかに光り、奥から黒い魔法衣に身を包んだ男が音もなく現れフードを外す。
黒に濃い青色が混ざった長髪に、青白い顔色の年配の男だった。
「私はこの国の従属を束ねている長だ」
やはりこの国は禁忌を温存していたのだと、ユーキは頷いた。
「ユーキ、君の力を調べさせてもらったよ」
透明な塊が空中を浮遊して現れ、男の手の上で止まる。
「そしてこれもな……」
「水晶の卵!」
「公にはなっていないが、ここサザンウォルダでもいくつか見つかっている。どのような仕組みが知っているかな?」
「だいたいは……」
「一見して見慣れない風景が映っているだけだがな……、常人が認識できない一瞬、まったく別の映像が流れている。それは美しい楽園を連想させたり、人間同士が醜く争ったり、他には暗闇の中で光が不規則に点滅したり様々だ」
それは現実世界では、禁止されている映像表現であった。人の潜在意識に訴え、一定の影響下に置けるとされるが、火星人は科学的に解明し実用化しているのだ。
「それだけではないぞ。直接頭の中に語りかけ、この力に囚われれば逃れることは出来ん。恐るべき水晶だよ。従属の力を使う……」
「つまり無力化もできると?」
「うむ、その力もまた存在する。来なさい」
長は後方の暗闇に向けて語りかける。現れた人物が目深に被っていたフードを外すと、長い水色の髪がハラリと広がった。
「フィローラ! どうしてここに?」
「ノワールの冒険者よ。姪が世話になっているそうだね」
「姪? 従属の魔導士の姪がフィローラだって?」
「……黙っていて、……申し訳ありませんでした……」
フィローラは涙ぐんでから下を向いて手を握り、声を絞り出す。
魔導士がユーキのことをあえてノワールと呼んだ意味は、今は分かっている。あの骨董品屋の店主から聞いた話はこうだった。
今から数百年も昔、まだこの大陸が今のような国家体制になる前の話だ。
従属を使う魔導士たちが数十万の民衆を操り、次々に小国の王宮を破壊して回った。王族と貴族は各地域で団結し、それが今の国家のそれぞれの原型となっている。
しかし従属させられる民衆は増える一方で、混乱は収まらなかった。
その時に突然現れて禁忌の従属を浄化したのが、ノワールの騎士と伝えられていた。
「ノワールの騎士については知っているか?」
「知り合いに、だいたいの話は聞きました……」
ノワールがどのようにして従属を浄化したかは、伝説でも語られていないそうだ。
「うむ、そうか、その話には続きがある。騎士に付き従った一人の魔女がいた。彼女こそが従属の魔法を使い、世を収めた。そしてそれは従属させられるノワールがいてこそ可能だったのだ」
「転生人……」
魔女が必要とした力とは魔力を取り込み、応用を加える力。
「ノワールがそうだったのか、我らが一族にも記録はない。二人は本当の名前すら明かさず、記録にも残さずこの世を去った。我々一族の者たちにもな……」
「フィローラがノワールの子孫? そして僕は転生人だ。それが、二人が選ばれた理由……」
「いかにも……、そして君には姪に従属してもらう。いや、既に――な」
「僕がもう従属者になっている……、そうか、そうなのか……、従属はいったいいつから……」
「紋章を描いていただいたのが、従属の儀式の始まりでした」
「あの時に……」
「それから少しずつ力を強めて、クワクリルトン諸島で全ての儀式が終わりました……」
あの衝動を抑えられなくなりそうになった夜の出来事だ。
「しかし、ユーキの心には竜の姿が焼き付いていて、それの排除には……その為には……」
「もういいっ!」
「そして最後に、この告白が必要だったのです……」
フィローラは力なくうな垂れた。




