第三十六話「別れの連鎖」
朝、いつもと同じように、ユーキはギルドの待合に足を踏み入れる。そこには冴えない表情のフィローラが待っていた。
「どうしたの?」
いつも笑顔を絶やさない彼女にしては珍しいのでユーキは気になる。
「実は昨夜、軍から急な動員が掛かりました……」
「ん?」
「マリエッタとフィリスが正式にゴーレム部隊に配属され王都に……」
「えっ! もう? もう移動したの?」
「はい、二人ともユーキにお別れをと……」
「そうか……」
いつかはと思っていたが、突然にパーティーは解消された。フィローラの魔力は紋章が出てから日々力を増している。今は二人でも十分に戦えた。
チェリッツの飛竜部隊もゴーレム搬送のために、既に王都へと移動していた。ユーキに別れの挨拶もなく、二人は会わないまま離れることとなった。
そしてマリエッタとフィリスともまた……。
もう以前とは違う。チェリッツも含めて、全てが戦争の歯車として回り始めている。
屋上への階段を上がりながら、ユーキは少し寂しく感じた。新たなる旅立ちは別れの時でもあった。
「さあ、僕たちは僕たちの仕事をしようか」
「はいっ」
フィローラの顔に笑顔が戻る。二人はいつものように連れ立って、北へ向かって飛んだ。
◆
研究資料が山となっている机の前、クリフォードは椅子の背にもたれ掛かりながら昔のことを思い出していた。
火星人の進行で、恋人と多くの友を失った。そして研究者となり、まるで仇をとるようにその異星の機械を研究し、残された生態組織を分析していた。
これほど彼らについて詳しい地球人はいないだろうと、クリフォードは自負していた。
そして、おめおめと生き続ける惨めな人生は終わった。ここ来るまでの間、人類の愚かな未来を垣間見て、この異世界に転生した。
以前生きていた世界では、水晶の卵について聞いたことはなかった。組織が細かく分けられ、情報漏洩を防ぐために横同士のつながりが制限されていたのだ。異星人の文化を研究している部所があるなど、まるで冗談としか思えないような噂も聞いたことがあった。
しかし今になって思えば兆候はあった。火星という明白な脅威があるにも関わらず、人類は愚かにも二度の大戦を繰り返す。そして二回目の大戦は、いくつかの国の指導者が死亡し戦いは収束した。
思えばそれは水晶の卵に操られていた指導者が、何らかの要因により取り除かれたのかもしれない。クリフォードは脳卒中や、心身の病による薬物中毒などで死んだ偉人の姿を思い出す。
人類を家畜や愛玩動物としか思わない連中が隣の星で虎視眈々と爪を研いでいるのに、人間同士で殺し合う愚に人々はやっと気が付いた。大戦の原因が水晶の卵にあると気が付いたのだろう。
そして火星は業火に焼き尽くされた。
「クリフォード様!」
「どうした?」
振り向くとシャノンの慌てた姿があった。何事かと立ち上がる。
「ゼナイドが、大きな卵の全てが見えたと言っています」
それは破壊されたトライポッドから回収した、動力炉の愛称だ。あの人を操る水晶と同じ卵と名付けた。
ズベルアフが派遣してくれた、制御魔法を使う少女ゼナイドが、フレイトス連邦の研究魔道士、魔法使いたちを手伝ってくれている。
「新たな場所の透視に成功したのか?」
「いえ、予言もできたと……」
「何だって!?」
クリフォードは正直言って驚いた。予言とは魔法を使った一種の予測であるが、それは現代で言うスーパーコンピューターを使ったシミュレーションと同じである。制御に限らずあの少女は、ほとんどにおいて魔法の天才であった。
「行こうか……」
その場所には、本当に卵と同じ形の核反応炉が鎮座していた。大きさは人間の胴体ほどもあり、表面は艶消しのステンレスのようである。様々なケーブルが接続されていたターミナルがいくつかと、閉じられた小さなバルブがいくつか取り付けられている。
それを取り囲むように、円形にいくつかソファーが置かれ、魔道士たちがくつろぐように座り魔力の行使に集中していた。
クリフォードはゼナイドの隣に座り表情を伺い、気が付いた魔法少女は閉じていた目を静かに開く。
「作動させた先に何が見える?」
「――太陽……」
間違いない。この娘は幾多の魔法を制御してこれを扱えるようになったのだ。
「実際に動かせるのか?」
「それが予言だよ」
「むうっ……」
クリフォードは思わず唸り声を上げる。この超兵器の洗礼を受けた唯一の民族の若者は何と言うだろうか? 罵るだろうか? そして計画を中止せよと詰め寄るだろうか? クリフォードの中に、後悔の念が広がり始めた。
「これを使うのか……」
思えば火星には何人もの異星人が暮らしていた。それをこの兵器で全て焼き払ってしまったのだ。そしてクリフォードは再び同じことを繰り返そうとしている。
「いや、当然だな」
この兵器がたった一機で、いったいどれほどの人間を殺戮したのか? そしてどれほど殺そうとしているのか。答など最初から決まっていた。
「私たちも分かってやっている。ここにいる全ての魔道士が同じイメージを共用し受け入れている……」
「そうか……」
「何が可笑しい?」
「ノワールか……」
「?」
クリフォードは、身勝手な人道主義に犯されている自分自身を嘲笑した。ノワールを背負い、禁忌に挑む運命の、あの若者の評価すら気にしてしまっていたのだ。
「いや、覚悟ができていないのが、責任者の私だけだったとはな」
「そう、それは確かに可笑しいわ……」
ゼナイドは静かに言う。クリフォードはもう一度薄く笑った。




