閑話「統一の萌芽」
十五年ほど昔の話である。
フレイトス連邦共和国の北方に位置する寒村を、魔族の夜盗もどきが襲った。国境警備のパトロールをしていたクリフォードは、急報を聞きつけ単身その村の救援へと飛んだ。
「魔族の奴らめ……」
最近の魔族領は状況が急変していた。およそ十三の地域に分かれていた群は魔族同士で戦い続け、時には気まぐれに人間領を犯し、フレイトス連邦とも戦争を継続している。
それが当然と思っていたが、最近状況が変わりつつあったのだ。
ある魔族領が力を付けて他の魔族を圧倒し、あるいは仲間とし支配地を拡大しつつあった。
今回の一件はその余波かもしれないと思い、クリフォードは飛ぶ。戦いの犠牲になるのは、いつも弱者だ。
「くそ……」
前方に黒煙がたなびく。村の家屋が燃えていた。各所で剣を振るい合う、魔法で攻防を繰りだす者たちがいる。魔族同士だ。
「ちっ!」
魔族に追い落とされた魔族は、容易に人間領を犯すのだ。
中央の道に子供がうずくまっているのが見えた。周囲には魔族の死骸がいくつも転がる。クリフォードは迷わず、その場に降下した。
「助けに来たよ」
そしてその幼い少女を抱き上げる。
「君の名は?」
「シャノン……」
「そうか……、シャノン、もう大丈夫だ」
「父さんと母さんが殺された。魔族に……」
「……すまない。守れなかった」
人間領に逃れた魔族を追い、魔族がやって来る。彼らは他国もお構いなしに戦場に変えるのだ。
黒煙を割って魔族の戦士が現われた。黒い体躯に傷だらけの鎧とマント、手には豪剣。長い黒髪に二本の角、目が金色に輝く。
「私の名はジェーヒャ ・ シュナクレト」
それは最近勢力を伸ばしている魔族の長の名前だ。数多の日々が刻まれた表情には、修羅場をくぐり抜けてきたある種の威厳を感じた。
「勝負しろ! シュナクレト」
「この私とお前がっ――、命を賭けて勝負をするのか?」
「そうだっ!」
「見所があると思ったがとんだバカだな……」
「何だと?」
「私はいずれ魔族領を統一する。そして人間の国と、和解の道を歩める」
「戯れ言をっ!」
「こいつらのことか?」
シュナクレトは傍らに転がる死骸を見やる。
「そうだっ、所詮魔族など――」
目の前の魔族が敵とは思えなかった。しかしクリフォードは無性に戦いを欲した。それが何の解決にもならないと知っていたが、それでも剣を振るいたい衝動に駆られていた。
「痴れ者がっ! このような雑魚と私が同じ魔族に見えるのかっ?」
「……知るか」
「お前はこの世界の人間たちを導く志がないのか?」
「くっ……」
「私にはあるぞ。そしてここで命を賭けて戦えば、どちらかの志は永遠に消え失せる……」
後方から魔族の少年がシュナクレトに駆け寄って来た。
「父上! 奴らは全員倒しました」
「うむ」
シュナクレトは剣を鞘に収める。シャノンはその少年を指差した。
「あの男の子が助けてくれたの……」
「そうか……」
クリフォードにも事情が見えてきた。そして体中を襲っていた衝動が引いていく。
「こいつらは、魔族の中でもお尋ね者、犯罪者の集団だ。我らの締め付けでこの地に逃げてき来たのだよ」
「そして村人たちが殺された」
「こいつらは魔族も殺す。そして人間もだ。人間とて同じだろ?」
「分かったふうな……」
「殺しに関しては、我らも区別などしないのだよ。人間と同じだろ?」
理屈はその通りであった。しかし人という奴は同じ殺し合いであっても、他民族間、他宗教間、そして他国間の殺し合いを執念深く憎悪する。この魔族の長はその違い、壁を越えようとしているのだ。
クリフォードは驚きと、少しの畏敬でシュナクレトを見た。
「この世界にやって来る別の世界の軍勢のことは知っているか?」
「何だと……」
言った後、シュナクレトは不適に笑う。クリフォードは驚いた。
「ふんっ、私はあと十年で魔族領を統一して、奴らに備えるつもりだ」
「奴らとは?」
クリフォードは相手が、本当にどこまで知っているのか、とぼけて見せる。
「三本足の怪物だよ」
「そちらにも知っている奴がいるのか?」
「見くびってもらっては困るな、いるさ。備えられよ。転生人!」
話は終わったとばかりにシュナクレトは踵を返す。しかし少年はじっとクリフォードを見つめていた。
「どうした? 行くぞ、ズベルアフ」
「はい、父上!」
そして歩き始めた。
「あれが雷神のクリフか……」
「ああ、そう呼ばれているらしいな」
◆
二人は仲間と共に、魔族領へと去っていった。あの日の出会いから十五年もの時が経つ。ズベルアフの父親、シュナクレトは宣言通りに魔族領を統一した。
人間たちとの戦いに終止符をうち、そして次の戦争に備えている。ズベルアフは人間、魔族との戦いの後始末に奔走していた。




