第三十話「愛すべき者と」
東の商都、イヤーフェウスで開かれる魔族との予備協議のため、王都から関係者が続々とやって来た。そしてチェリッツもまた式典に参加するためと、対トライポッド用の、飛竜を使った戦術研究会のためにこの街へやって来る。
ユーキは馬を借りて郊外の森の中にある、飛竜部隊が使用する離着陸場へと迎えに走った。
上空を何匹もの飛竜が旋回し、遠方の空には急降下する編隊が見えた。まるで戦場の風景である。ユーキは薄ら寒い感覚を覚えた。自爆した竜と、パートナーの少女の姿が目に浮かぶ。
探査の力でユーキを見つけたレックスが降下して来た。チェリッツは飛び降り、金髪を揺らしながら駆けてくる。こんなに近いのに、何も走らなくとも――とユーキは思うが、これもまたいつもの風景であった。
「悪いわね~」
「いや、別に構わないよ」
レックスはいつものようにユーキを睨んでから、プイッと顔を背ける。
「やっぱり嫌われている……」
「あはは、私たちの関係に気が付いている、唯一の人――竜よ。御主人様が悪い男にたぶらかされているって、心配してくれているの」
「悪くなんかないよ……」
「うふふ、そうよね」
ユーキは飛び去るレックスを見送り、彼女を後ろに乗せ街まで馬を走らせた。チェリッツはユーキに腕を回し、胸を背中に密着せて体を預ける。
宿まで送りその後食事でもと思っていたが、チェリッツは突然ユーキの部屋を見たいと言い出した。
「僕の部屋なんて何にもないよ」
「あっ、私に見られて困る物があるのねっ!」
「そんな物はないよ……」
「じゃ、行きましょう」
「しょうがないなあ」
そんなやりとりの末、ユーキは部屋にチェリッツを迎え入れた。机の引き出しにはフィローラのスケッチが入れられている。
腰までの長い水色の髪。スラリとした体の手も足も長い裸身は、片側が陽光に照らされて輝く。はにかみながら楽な姿勢で立つ、紋章を抱く少女の色彩裸婦画であった。
下着姿の絵画などはあり得ないので、ユーキがそうしてと言ったのだが、フィローラは少し恥ずかしそうにしただけで、全てを外して輝く裸身を晒したのだ。
「ここがユーキの部屋かあ……」
チェリッツはベッドに腰掛けて部屋の中を見回す。
「本当に女っ気がないのね~。姉としてちょっと心配しちゃうわ」
「どんな姉だよ……」
死んだ婚約者に似ている弟かと、その支離滅裂感にユーキはため息をつきたくなった。
「うん、決めた! この街にいる間はここに泊まるわ」
「え~っ、宿はないの?」
「費用を出すから勝手に探せって。大きな街だし個人でも探すのに困らないしね。ここに泊まれば安く上がるわ」
「ベッドが小さいよ」
「私が下であなたが上になって、縦で寝れば問題ないわ」
「参ったなあ……」
「ごめん、私が上の方が好きなのよね?」
「まあ、どっちでもいいけどさ……」
それから二人で共同サウナへ行き、そこの近くの酒場で飲んで手を繋いで部屋に戻った。
どちらが言うでもなく裸になってベッドに潜り込み。互いに上を取ろうとマウント合戦でじゃれ合う。勝利したのはユーキであった。
「もうじらすのはなしよ……」
「分かってる。大きい声は隣に聞こえるからダメだ……」
「大丈夫よ。ユーキ好みの吐息のような喘ぎで頑張るから」
「止めてよ」
「すすり泣くような悲鳴だったっけ?」
「だから止めてって……」
「ごめん、両方ね」
「……」
数戦交えて満足したチェリッツは、デザート代わりに抱き着き、ユーキの胸に顔を埋める。
「ゴーレムを牽吊する部隊に配属されたの……」
「えっ、そうなの。レックスを使って?」
「そう……」
「牽吊か……」
「ええ、戦力を迅速に移動させるために。魔族はもうやってるんだって」
「うん」
チェリッツの魔力は強い。そして竜も操り透視の力もあり、実戦経験もあった。存亡をかけた戦いを前に、その力を偵察に使うだけではもったいないと軍が考えるのは自然だ。
「危険だよ」
「うん、戦争だしね……」
しかしユーキは飛竜で急降下爆撃などするよりは、ずっと安全だと思い直す。
この街で基礎訓練をしてゴーレムを王都まで牽吊し、そこで実戦訓練をするとのことだった。
翌朝、ユーキが目を覚ますとチェリッツは裸のまま立ち、フィローラの裸婦画を見ていた。左手で長い金髪を掻き上げる。
「あら、おはよう」
「おはよう……」
「素敵な娘さんねえ……。同じパーティーの娘?」
「そう……」
「剣と薔薇の紋章ねえ……。私みたいな幻獣使いじゃないのね」
「そうだね」
「昨日からチラチラ机を見てたから。姉の勘を侮ってはいけないわね」
チェリッツは絵を机に立て掛け、ベッドに戻って毛布に包まった。
「紋章を書いて欲しいって頼まれてさ」
「そう」
ぶっきらぼうに答えたチェリッツはユーキに背を向ける。
「そうだ。こんどチェリッツの紋章を描かせて――」
「何よ、今更。私を描いてもいいのは婚約者だけよ。そう決めているの」
ユーキは、どのような構図が良いかなど、何度も考えたことはあったが、死んだ婚約者の代わりなどできないと、はなからあきらめていたのだ。
「あの娘の前で、私と出来るの?」
「そりゃ……、まあ……」
死んだ婚約者だって、チェリッツ以外のモデルは描いていただろう。どの画家もそうだし、イラストレーターは自分好み以外の、美少女を描くのが仕事のようなものだ。同性でも動物でも描きたければ描くし、仕事ならば何だって描く家業なのだ。
「もしかして、やきもち?」
「うるさい……」
◆
チェリッツは可愛らしいワンピースなどを買い、二人で出掛けるときなどには着替えた。
「一度でも戦争は終わったのだから、気分だけでもね」
そう言って少女のように笑う。二人の休日、結局ユーキはチェリッツの紋章を描かせてもらえた。
飛竜の咬みつくように開かれた口、そそり立つ二枚の翼が目立つようにベッドに横になり、長い尾が伸びる右の太ももを上げた姿勢は、チェリッツそのものを晒しているようであった。
表情は本人に任せたのだが、涼しげな愁いを帯びた面持ちは少しもの悲しく感じる。描き手は婚約者ではないので、致し方ない。
昼間は互いに仕事に行き、夜は二人で小さな幸せを楽しむ。束の間の平和を過ごしている人は、先が見えないこの世界にも大勢いるはずだ。




