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第二十七話「酒場の交渉」

「まったく……、いったい何?」

「いいから、いいから」


 帰国の前夜、ユーキはカナに誘われ、宿泊施設を抜け出し魔族の街へと飛んでいた。


 城壁の手前で降りて、門兵に胸にかけたペンダントを見せる。


「それは?」

「通行証よ」


 街の中は賑わっていて、意外にも人間の姿が多い。


「あのトライポッドの目標はここだったのよ。撃退できてよかったわ」


 この賑わいの中に戦闘型の二体がなだれ込むなど悪夢以外の何物でもない。


「うん、良かった。それにしても人間の数が多いね」

「ええ、ここと近くのフレイトスの街も解放されて、もう貿易が始まってるのよ」

「そうなんだ……」


 二国の動きは早いとユーキは驚く。この街の活況が、順調に関係改善が進んでいることを表していた。


「私たちの国も早くこんな街を作らなくちゃね」


 アーヴィア王国は北方で魔族領と一部国境を接している。


「こっちよ……」


 カナは探査魔法を使いながら路地を進み、店らしき場所で止まった。


「ここね、酒場よ」

「看板がないよ……」

「会員制なのね。入りましょう!」

「危なくない――」


 ユーキの言葉を待たずにカナは扉を開け中に入る。仕方ないなと思いユーキも続いた。扉に取り付けられている呼び鈴が鳴り、魔族の客たちがこちらを向くが、人間の来訪者に特に興味は示さない。奥のテーブルには平服姿のクリフォードとシャノンが座っていた。


「これはいったい?」

「秘密会議さ。交渉の表舞台に出せない話もある」

「そうですか? でもなんでこんな所で……」


 ユーキたちも席に着く。店内の客は全て魔族だ。


「なんだ。聞いてないのか?」

「ええ、いったい……」

「来たようだ……」


 呼び鈴の音にユーキが振り向くと、ケープのフードを被ったズベルアフが一人の少女を伴って入って来る。


 二人はフードを外す。紫の長い髪、額に一本の角。口元の牙も一本の魔族の少女である。ズベルアフの顔に赤いくまどりはなかった。


「お待たせいたしました」

「いや、私たちも今来たところさ」


 二人が席に着くと、見計らったようにウエートレスが飲み物を六人分運ぶ。肌が露出された衣装に、紋章が映える魔族の女性だ。ユーキの記憶にない幻獣のデザインだった。


「ズベルアフからの提案だよ。国同士の話し合いは時間がかかるからな」


 公の場では王子に敬語を使っていたクリフォードだが、今はくだけた口調で話す。どうやら場所で言葉を使い分けているようだ。


「妹のナタリーザです」


 紹介された王女は可愛らしく微笑んで頭を下げた。


「今回はゴーレムの搬送を指揮してもらいました」

「搬送?」

「ええ、飛竜数匹で牽吊し、魔法の力も使っての空中輸送です」

「なるほど……」


 ズベルアフの説明にユーキは頷く。神出鬼没のトライポッドに対応するには、こちらにも機動力が必要だ。


「ゴーレムは強力ですが数が限られますから……、運用方法が重要です」


 六人は順調に進んだ交渉に乾杯し、その液体を飲む。


「ふ~~ん、これが魔族のビールか。美味しいじゃない!」

「この味を褒めて頂き光栄です。カナ様」

「カナで結構です、ズベルアフ殿」

「ならば私もズベルアフで結構」


 正直に言って癖があり馴染めない味だと思ったが、ユーキは口には出さない。


「ふふっ、これが意外と癖になるんだ。この街に来ている我が国の商人も今は好んで飲んでいるよ」

「このビールをですか?」

「ああ」


 クリフォードが満更でもない表情で言い、ユーキはちょっとだけ顔をしかめる。ビール談義とは各国の交渉は順調に終わったようだ。


「さて、本題に入らせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんだよ。ビールの話をするために集まったのではないからな」

「ええ、我が国、魔族領の不都合な話を聞いて頂きたい。正式な議題としても取り上げましたが、同盟までには時間がかかります。対応は急がなければなりません」


 ズベルアフの真剣な表情に皆も気を引き締める。


「魔族領は統一されましたが、実は反乱分子は大勢います。彼らは山岳部にいくつもの拠点を築いて勢力を拡大しているのです」

「あれだけの戦力があれば簡単に駆逐できそうなものだけど……」


 ユーキはトライポッドと対峙していた魔族の軍団を思い出す。


「彼らは人間領に拠点を築いていて、我々は簡単に越境できません。水晶の卵を手に入れ、協力者を増やしているようです」

「えっ!」


 魔族領にも水晶の卵があるとは思っていたが、それを反乱分子が手に入れて利用するなど、ユーキは思いもよらなかった。そもそも人間や魔族が使いこなせるものなのだろうか?


「そうなの、厄介ね……」


 カナは口元に拳を当て王族の一員として考えを巡らす。その拠点が他の王国にあるのなら王室独自の外交が可能だ。


 魔族領と国境を接する山岳部と言えば、北方に位置するクロノクトリ王国の南部、内陸に位置するアーシラドゥン王国。そして、アーヴィア王国の北部地域を指す。


「幻獣に魔法を掛け、今も森に放っています。戦争中は我々もやりましたから偉そうなことは言えませんがね」

「そいつは僕も倒したことがある……」

「偵察能力があるので警戒が必要です」


 ここで一つの話が繋がった。その反乱グループは人間とも繋がり、人間領にも手を伸ばし拠点を確保しつつある。その先兵があのダーク・グリフォンだったのだ。


 ウエートレスがビールのお替わりを運び、クリフォードが新しいジョッキを受け取った。


「我が国で起こった反乱の芽だがな。確かに水晶の卵の影響を受けた者が大勢いた。しかしその水晶を積極的に使っていた者は、明らかに自身の考え、信念で動いていたよ。水晶を崇拝していると言ってもいいくらいにな」

「積極的に火星人に協力ですか?」

「うむ……」

「それって……」

「ああ、この世界では薄い概念。カルトだな」

「ふふっ……」

「ん?」


 クリフォードはズベルアフの含み笑いに反応した。


「失礼しました。わが父の盟友である転生人も、同じことを言っていたものですから……」


 クリフォードはあえて宗教とは言わなかった。その転生人が何者かは知らないが意見が一致している。


「そうか、彼らに説得は通じなかった。今でも火星人の力を崇拝しているよ」


 この世界では魔法よりも火星人の持っている技術、テクノロジーが信仰の対象になってしまったようだ。


「我が領内にあった水晶の卵は、ほとんど回収に成功していますが、反乱グループは今も複数を所持しています。おそらくは……」

「人間領にあった水晶か……」

「火星人を崇拝する人間と魔族。そして水晶に操られる人間と魔族か……。本当に厄介ねえ……」


 クリフォード、カナ共に難しい顔をする。これからはトライポッドとの正面切っての戦いに加えて、勢力を拡大する反乱グループへの対処も考えなければならなかった。



 今後、正式な交渉の席で俎上(そじょう)に載せる案件などを提案し合い、秘密会議は終わった。


「私は残って少し部下と話していきます」


 出口まで見送ってくれたズベルアフが言い、ナタリーザは頭を下げる。


 ユーキは改めて店内を見回した。どの客も無駄話などせず無言でグラスを(あお)ったり、腕を組んで瞑想したり、互いに不敵な目配せを交わしている。あの魅力的なウエートレスも含めてどうやら全員が、ズベルアフが率いる部隊のメンバーのようだ。


 戦場の匂いを発するこの面々を、普通の客と言うのはさすがに無理がある。



 店を出た四人は遅い時間にも関わらず活気のある通りを歩いた。


「次は魔族領と読んでいたのですか?」

「いや、貴国の国境線と、山岳部近くも合わせて三個群を編成しそれぞれに配置していた。一般兵は大きな城塞都市の防御としたよ」

「国境近くですか………」

「ああ、最初のやつは街を破壊して国境を突破しようとした。そのような作戦を踏襲するかと思ってな」

「なるほど」


 トライポッドが国境を越えても、軍は協定なしでは越境できない。協力者の件も含めて、火星人はこの大陸の事情に精通しているようだ。


「これからはその反乱分子とやらに対処する部隊も編制せねばならないな……」


 アーヴィア王国の対応は、魔族やクリフォードたちに比べて大きく劣っていると思わざるを得ない。自分が火星人ならこんな国に戦力を集中し一気に攻め落とすはず、と思いユーキは背筋が寒くなった。



「あなたもこれから、大勢を率いて戦うこともが多くなると思うわ」


 カナはユーキに向き直って話題を変える。ノワールが有名になってしまった弊害と思いたくもないが、ユーキは自分のことをリーダーの器とは思っていなかった。


「出撃だあ~、ってだけで、もう少し気のきいたこと言えなかったの?」

「いやいや、シンプルで良かったぞ」


 クリフォードはそう助け船をだしてくれる。もっと士気を鼓舞するような、何かが言えればそれは良いだろうが、ユーキは苦手であった。


「いやー、王族なら慣れてるだろうけど、今の僕は仲間のパーティーだけで手一杯さ」


 思えばユーキの周囲は貴族に王子、偉い人ばかりであった。下っ端の冒険者に、気の利いたセリフなどは言えないのだ。


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