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第十六話「ノワールと呼ばれる男」

「私はこの戦いは長期戦になると考えています」


 一区切りついた頃を見計らって、ヴィセンテが話に加わる。


「同意だな。火星の基地がそのままなら、当然そうなるか……」

「ええ。長い戦いになります。我々……、この場合は魔族も含みますが、互いに疑心暗鬼になり、再びこの大陸で戦争が始まることが最悪の想定です」


 ヴィセンテは育ちの良さも手伝って物腰は柔らかく、言葉遣いも丁寧だった。


「それで火星人はこの大陸を選んだんだな……」


 他の二つの大陸は魔族と人間、それぞれが支配していて大きな争いは起こっていない。


「今回の進行は当然偵察だと考えています」

「次は手堅く島程度を狙ってくることもあるかもな……」

「この世界には特に戦略目標はないか……、あるとすれば穀倉地帯だね」


 シンヤは戦術的な目標、ユーキは戦略的な目標を考えた。この大陸の主要な穀物生産地は当然南側に集中している。


「奴らは次にどこを狙うだろうか? 単純に考えれば人口密集地かその穀倉地帯だな――」


 トライポッドと戦う人間も人的資源と言える。それに蹂躙された街で彼らは明らかに人間を標的としていたそうだ。


「――つまりこの大陸の南側だよ」

「島を狙う話も現実味がありますね。クワクリルトン諸島共和国ですか……。上層部に進言しておきますよ」

「島は安定的な拠点を確保する、長期戦の構えだな」

「最初にそれをやらなかったってことは……」

「ああ、奴らはこの大陸を楽勝で落として、対異世界の橋頭堡にするつもりなのさ。甘く見られたもんだ」



「バカバカしい考えだと思うけど、火星人と話し合う事はできないのだろうか?」

「どうやって話すんだよ。方法があるのか?」

「あれだよ。水晶の卵!」

「そうか。そうだった!」


 ユーキはヴィセンテとカナに水晶の卵の件について説明する。


「火星人にも穏健派なんて勢力があればいいんだけどね」


 ユーキはそう言ってから、やはりバカバカしい理想論だと思い、少し気恥ずかしくなってしまった。既にそんな段階は明らかに過ぎ去っている。


「ユーキ、それは……、そんな勢力があるのならこ、ちらに接触して来るはずよ。それから考える。今は戦いに集中しましょう」

「うん……」


 ひとたび進撃が始まれば、確実にこの世界の命が失われる。既に段階は防衛線に入っていた。



「最大の問題はその水晶の卵に支配されている国、あるいは地域の出現です」

「そんな情報があるのですか?」

「まだ可能性の問題です。御心配なく」


 ヴィセンテは立場上、武力だけではなく、政治や思想的侵略にも気を配っているようだ。最悪火星人の代理戦争をさせられる人間の国が現れるかもしれない。


「卵とやらで、政治体制なんかも知られてるな。貴族社会にバラまかれたのは厄介だよ」

「その卵には人間を支配する力があったの?」

「たぶん。その話は僕の世界では本編じゃなくてその前の短編だったんだ。読んだことはないけど火星人がただ、火星や地球の景色を見せたり見たりのために送り込んだとは思えないよ」

「確かにそうだ。すでに火星の奴らに支配されている人間は大勢いるかもな……。カナの言っていた火星人に協力する人間と、水晶に操られている人間か……」


 シンヤが話していた、どこかの国がどこかの国を攻めるなどの噂話も、そのような人間が意図的に流していた可能性がある。



「従属を使える魔導士を中心にパーティーを組んで、他国に派遣する! 進言するわ」

「従属の魔導士か……、気が進まないがなあ」


 カナの言った計画にシンヤは渋い顔になる。従属魔法はユーキらの世界で言えば、マインドコントロールや自白剤、支配、洗脳、煽動などで、良いイメージはなかった。


「今は昔みたいなことはないわよ……」


 かつてはどの国も従属の魔導士を使った王族が王位を簒奪し、その王を追い落とすため、高級貴族が従属を使い民衆を先導し、更に地方の貴族と商人が地元の軍隊を従属させ王都に進軍させるなど、混乱が絶えなかったのだ。


 今はどの国でも従属魔法は禁忌(タブー)とされていた。


   ◆


 数日後、ギルドにユーキとパーティーのメンバーが集合していた。待機スペースで緊急又は、通常の仕事がある場合の呼出しを待つ。


「ノワール、読みましたよ」

「あっ、ああ、そう……」


 フィローラの言葉に、マリエッタとフィリスが顔を見合わせて含み笑いを漏らす。


「新聞を読んだ生徒がいて、寄宿舎でも話題になっています。どの街にいる人なのかとか……」

「私たちは正体を知っているけど、喋ったらフィローラに怒られるから黙っていたけどね~」

「新聞に載るなんて驚きました。有名人ですね」


 マリエッタが言い、フィリスは少しだけ舌を出して続いた。フィローラも素直に褒めてくれる。


「だけど僕のことばかりだなあ。普通は君らのことも書くだろう」

「はい、学校に問い合わせがあったそうです。先生に言われました」

「ふーん、学校側は取材拒否か。君たちは未成年だしね」


 三人は首を傾げる。この世界に未成年の概念はなかった。



 ノワールは確かフランス語で黒か闇――のような意味だと記憶している。ユーキの黒髪から付けられたニックネームなのだろうが、それにしても単純に黒の冒険者ではなく何故、頭の中でノワールの冒険者と認識されるのかは不明だ。


 魔法の力なのか、この異世界の人々の言葉は自然に変換され、ユーキたち転生人には一番近い語彙が認識される。黒とノワールには確かな違いがあるようだ。


「ノワールってどんな意味があるのかなあ……」

「ずいぶん昔にノワールと呼ばれていた騎士様がいました。彼は英雄で今でも多くの人々の信仰の対象になっています」

「なねほどねえ……」


 この世界に宗教はないが、歴史上の英雄や偉人が民衆に(あが)(たてまつ)られる存在として、人々から(うやま)われていた。


 語感も悪くない。ダークやブラックなどと呼ばれるよりずっと良いとユーキは思った。



「今日は、仕事はなしか……」


 特命の依頼もないし、通常案件もなかった。無駄足であるが非常事態であるから仕方ない。いつトライポッド出現の報があるか分からないからだ。やつらは夜にこの地へ降下して来る。


 こんな日は、彼女たちはこれから遅れて学校の授業に出席する。そしてユーキは無職の冒険者になるのだ。



 仕事にあぶれたユーキは三人と別れてあの(・・)骨董屋に行く。既に水晶の卵は何者かに買い取られていた。


「ああ、ちょっと前に身なりの良い紳士が訪ねて来てな。水晶の収集家だと言っていた。良い値で売れたよ」

「そうですか」


 どうやら強制力は使わないで穏便に回収しているらしい。この店主も何らかの影響を受けたとは判断されなかったようだ。


 世間話でノワールのことを聞くと、店主は彼の伝説について語ってくれた。新聞を取り出して唸る。


「ほおーーっ、これがユーキなのかあ……」

「ええ、まあ……」

「こんな奇怪な幻獣を倒したのか! 最初にこの店に来た時は子供だと思っていたが出世したなあ」

「出世だなんて……」


 本当のことを言えないのはもどかしいが、褒められるのは悪くない。前世ではごく普通で平凡な人間としての体験しかしてこなかったから、ついに我が時代が来たる! などと思い少しニヤケ顔になる。


 しかし、この世界の危機に何をバカことをと思い直して、ユーキは反省した。新聞などに載るものではないと思った。


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