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第十二話「それぞれの紋章」

 翌朝にユーキたちは解放された。アーヴィア王国の上層部では、これからの対応が話し合われているはずだ。そしてその結果が仕事として、ユーキたちに指示される。



 全土で警戒体制がとられる中、国は他国との連携や調整に忙しいようだがユーキたちには待機と言う名の平穏な日々が続いた。


 そんな中、ユーキはフィローラの紋章を書き写す作業を始める。城壁内の店を回り、足りない色の顔料を手に入れた。



 紋章の描き取りは仕事の一部でもある。学校を休み訪ねて来たフィローラを部屋に招き入れ、窓から差し込む光の中、紋章の色彩を睨みながら、ユーキはどんな顔料でこの色が再現されるか考える。手持ちの色で足りるかどうかが問題だ。


 日中は差し込む陽の光で室内はそれほど寒くはない。太陽の光を反射してフィローラの裸身は輝いている。色のことはさておいて、ユーキはデッサンの完成に集中した。



「もうお昼か、長い時間悪かったね」

「いえ、私からお願いしたことですから」

「お腹が空いたな。何か軽く食べに行こうか、ご馳走するよ」

「悪いです……」

「いや、僕が稼げるのも君たちのおかげさ。これはモデルになってくれたお礼だ。受けてもらわないと困るよ。午後は微調整して色を着けよう」

「はい」


 ユーキはフィローラを伴い、いつも利用している近所の酒場に入った。昼間は庶民的なレストランとして営業している。


「軽くって言ったけど紋章の絵を描くだけだからね。しっかり食べてよ。御馳走するなんて今までなかったしなあ」


 一緒に食事することは今までもあったが、フィローラはいつも割り勘を主張していた。


「ふふっ、マリエッタとフィリスに悪いです……。あの……、紋章の絵を描くだけって?」

「ん? ああっ、体全体を描く時はその……、お腹がポッコリとしないようにモデルさんに注意してもらうんだ。それから下着の跡が付かないようにとかさ……」

 確かに説明不足だと思い、ユーキは補足する。フィローラは真剣な表情になった。

「軽くします。いえ、食べません!」

「いや……、だから紋章を書くだけだし、食べなきゃダメだよ」

「はい……」


 結局フィローラはスープとサラダ、サンドイッチを注文した。ユーキは小さめなステーキのセットをパン抜きで注文して、フィローラの三つあるうちのサンドイッチから二つを貰う。そのようにして欲しいとの彼女の頼みだった。



 部屋に戻ると指示されるでもなく、フィローラはスルリと肌を(さら)す。ユーキは紋章の色を見て、混色し紙に塗り肌に描かれている色合いと見比べる。


 フィローラがお腹を若干引っ込めているのでユーキは苦笑した。


「体の力を抜いて楽にしてよ。自然な姿でなければ意味がないんだ」

「はい……」


 フィローラが観念すると紋章のキャンバスは、美しい自然な起伏を取り戻した。


 グラビアなどはあえて体が緊張するポーズなどをモデルに作らせたりするらしいが、一瞬を切り取る写真と絵は違う。


 ユーキはその姿を見ながらチェリッツの紋章を思い出した。



 竜使い(ドラゴンテイマー)らしく腹部には竜が描かれいる。右の乳房に大きく咬みつくように開かれた口。立てられた二枚の翼。そして妙に長い尾は右大腿部の内側まで伸びていた。


 その絵を手のひらで撫でながら細部に渡って観察し、ユーキはこの体を絵にするとすれば、どのようなポーズが竜とチェリッツの魅力を存分に引き出せるか? と、彼女の体に顔を埋めて考えたこともあった。



「どうかしましたか?」

「いっ、いや……」


 自然と顔が弛緩していたのか、フィローラの問いにユーキはドキリとした。


「……僕は下手くそだなと思ってさ……」

「そんなことはありません。素敵な絵だと思います!」


 本当に下手くそな嘘に、フィローラは真剣な表情で向き合ってくれる。ユーキの胸はチクリと痛んだ。


 だいたいの色ができたのでユーキは彼女の肩に毛布を掛ける。


「ベッドに横になって体を休めて」

「まだ大丈夫です」

「いや、駄目だよ。これがルールなんだ」

「はい」


 ユーキはもし世界が平和なら、この素晴らしいモデルの絵を何枚も毎日描き続けられるのにと思った。


 絵に彩色してから、もう一度フィローラに立ってもらい色の陰影をチェックする。そして一部を修正した。


「うん、いいだろう。僕の力は出せた。はっきり言ってギルドの絵師の方が上手だけどね」


 この世界には独特の技法があり、ユーキの絵は所詮それを真似た付け焼刃だ。それは自身も自覚している。


「これで終わりだ。御苦労様」

「あの……」

「うん? なに?」

「ユーキの紋章を見せて頂けますか?」

「ああ、構わないよ」


 転生人にも紋章が刻まれている。ユーキの場合は背中だった。絵を机の上に置いてシャツを脱ぐ。自身の絵を引き出しから取り出してフィローラに渡し、背中を向けた。


「比べてみるといい」

「はい……」


 それは日輪を模したような輪に、数本の剣が放射状に配置された紋章だった。フィローラが手を当てると背中が暖かく感じる。紋章が彼女の魔力に反応しているのだ。


「分かる?」

「いえ、私にはまだ……」

「そうか……」


 紋章はその人の運命や人生を現すとも、能力を示しているとも言われている。


 特別な魔力を持つ魔導士は、それを読めるとされていた。ただの絵ではない。それぞれが背負う紋章には意味があるのだ。


 二人は部屋でユーキの入れたお茶を飲みながら、これからのことなどを話した。


「私自身を以描いては頂けませんか?」


 フィローラは、意を決したように唐突に言った。よく考えてみればモデル扱いしたにもかかわらず、描いたのは黄金の剣と薔薇である。しかし問題はあった。


「う~~ん……」


 難しい顔をしたユーキにフィローラは狼狽した。


「いっ、いえ。忘れて下さい。私ったら図々しく……」

「ちっ、違うんだよ。普通はさ……」


 ユーキの提案にフィローラは顔をドギマギとさせた。そして恥ずかしそうに頷く。


「よろしくお願いします……」



 夕刻になり、ユーキはフィローラを寄宿舎まで送った。


「夕食も御馳走したいと思ったけどね……」

「寄宿舎の食事は学校行事の一つです。皆でお祈りを共にするのです」

「そうだね。大切な時間だ」


 フィローラを見ると、彼女の大きな目はキラキラと輝きユーキを見つめていた。


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