自々己々
この作品では何でもありです。では、なぜ何でもありなのでしょうかね。
『記録:U-O-ExWo-β』
[注意事項]
・このモンスターにヒトを近づけてはいけません。例えアンドロイドなどの非生物であってもです。
・管理を行う機械には単純なAIを搭載してください。学習機能は事故の原因となります。
・インシデントが発生した場合、即座に全職員を招集し点呼を行なってください。
[概要]
U-O-ExWo-β、通称「ドドペペルル」は異世界に存在するヒト型モンスターです。体はほぼ魔元素で構成されており、非常に不安定です。体長は160センチメートルから180センチメートル程で、ヒトの影の様な姿をしています。しかしながら、ドドペペルルはその見た目に関わらず闇命属性を有していません。
[発見経緯]
ドドペペルルはΩ(オメガ)クラス部隊「異世界調査隊」によって発見されました。ドドペペルルの生息する世界は「無間廊下」と名付けられており、その名の通り永遠と続く廊下のみで構成された世界です。
廊下の幅は2.44メートル、高さは3.13メートルと記録されており、変化する事はありません。壁には顔の無い肖像画や、割れた鏡が乱雑に貼り付けられています。まれに割れていない鏡が存在し、その鏡の中からドドペペルルは出現します。また、ドドペペルルが出現した鏡はドドペペルルの死亡と共に割れる事が確認されています。
[生態について]
ドドペペルルは自我を持つ存在を発見すると、その存在の姿へと未知のプロセスで変異します。この時、ドドペペルルは変異対象と共にその場から消失し――
「――ドッペルゲンガー、ね」
モニターに映る記録を読んでいる途中で、女性はそう呟いた。続けて女性はため息をつき、振り返る。そこにはヒトが二人。顔も、体型も、宿る魔力も全て同一のヒトが二人いたのだ。
「どっちが、本物の後輩ちゃんなのかしら」
作業員の致命的なミスによりインシデントが発生したのは、つい一時間前の事だ。脱走したドドペペルルはこの地下施設内を徘徊し、帰宅しようとしていた職員に対し能力を発動してしまった。
「私が本物ですよ、先輩」
「私が本物ですよ、先輩」
全く同じタイミングで、同じ声が自分が本物だと主張する。改めて観察しても、表情、動作、雰囲気の全てに差異は微塵も見られない。唯一の不一致は、存在している空間座標のみであった。
「ごめんね。やっぱり……私にもわからないわ」
ドドペペルルの変異は完璧だ。どれ程、親しい間柄だろうと、どれ程、優秀な真実を見抜く能力を持っていようと、本物との区別をつける事はできない。魂の契約だとか、その者しか持ち得ない特別な能力があろうと、同様だ。
研究者達によると、ドドペペルルは自分の魂に相手の魂の情報全てを上書きするそうだ。だから全てが一致し、同一となるのだ。便宜上、オリジナルが本物とされるが、そもそも本物か偽物かで区別する事が間違っている。心も記憶も運命も、全て一致しているのだから。
「せっかく時間をもらって、色々試して、それでも……」
モニターが並ぶ部屋は、静かだった。床に落ちる雫の音が、聞こえる程に。
「……殺すしかないの?」
ドドペペルル自身にも変身の自覚はない。血液検査や精神分析を行おうとも、出てくるの本物という結果のみ。オリジナルとの差異が出る唯一の瞬間、それは――死だ。
肉体、もしくは精神の死。それによってのみ、ドドペペルルの魂はリセットされる。リセットされたドドペペルルはまた誰のものでもない影の姿となり、空虚な魂の外面と内面を求めて彷徨い始めるのだ。
変異したドドペペルルを再収容するのなら、殺して魂を確保するしかない。だが、殺すにしてもオリジナルとドドペペルルの識別は不可能。どちらを終了させるかの判断基準が、存在しない。まともに検討して、議論して、葛藤して、選択しても、結果を確定させる事はできない。
ドドペペルルを確保した組織――アカシックレコード社はそれを是としなかった。時の運次第で未来が大きく変わる事を許容しないのだ。
アカシックレコード社のインシデント対処方針は、確率を生じさせない事。予想される結果が一つである選択が最上。今回の場合は二人の同一人物、その両方を死なせる事でそれが満たされる。
インシデント終結は間近であった。粛々と準備は進められている。
「先輩……」
「先輩……」
「ごめんね……ごめんね……一番辛いのは、後輩ちゃんなのに……」
二人の後輩は、困った顔をしていた。……確かに困った顔なのだが、よく観察すれば「うわ、この状況どうしよう」といった声が聞こえてきそうな、困った顔だった。先輩と後輩の間には、風邪をひきそうな温度差が生じていた。
確かにドドペペルルの被害にあった者は死なされる。死なされるのだが、オリジナルは生き返るのだ。魂について研究されている時点で死者蘇生の発想が出てくるのは当然の帰結であり、現代では条件付きだが方法も確率されている。噂では、ペストマスクを被った変なヤツが更に死者蘇生術を改良する研究を行っているらしいが、今の時点でも十分安全に死者蘇生が行える。しかし、この事実は意外と知られていない。
それが今の状況に繋がる。先輩と呼ばれている女性は一応インシデント対処についての説明を受けていたのだが、「死ぬ」という単語を聞いた瞬間酷く動転してしまったので、肝心な部分を聞き逃していたのだ。
「後輩ちゃんとお別れなんて……私は、どうすれば……」
悲観にくれる女。だが、その勘違いを正せるのは今のところ、二人の後輩しかいない。他の職員達はあえてこの状況を放置している。インシデントの観測記録という建前の元、隠しカメラで職員達はこの状況を見守っているのだ。決して面白がったり、楽しんだりはしていない。世界中のあらゆる事象を記録する事こそが、アカシックレコード社の理念。だから、仕方のない事なのだ。
二人の後輩はこの状況を打破するべく、自問自答を始めた。
「どう説明しましょう……?」
「どう説明しましょう……?」
「…………」
「…………」
「えっと、まずあなたが先に」
「えっと、まずあなたが先に」
「…………」
「…………」
「じゃあ私が」
「じゃあ私が」
「…………」
「…………」
当然の結果だった。議論は平行線だ。
数分後、ドドペペルルを再収容する準備を終えた職員が迎えに来て、コントは終了した。後日、このインシデントの記録が大晦日に社内で上映される映像集に組み込まれる事が決定した。
アカシックレコード社は冷酷ではありません。極めてアットホームな職場ですとも。




