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停止と芸術家

現実では、時間の流れは万物にとって平等だと思います。時間というシステムは全ての物体に適用されているのです。フィクションではそれをどうにかこうにか無視できるので、良いですね。

 ヒトは何故、滅びゆく美を愛でるのか。私には解らない。美しいモノは永遠に美しさを保つべきなのだ。失われる美には価値など無いというのが、私の考えだ。この前、とある列島の文化を学ぶ為に旅行しに行った時なんか、カルチャーショックで頭が痛くなった。だが、それだけ価値はあった。噂には聞いていたが、やはり……。


 あの列島のインスタントは美味い! 展覧会の帰りに寄ったスーパーで大人買いした数々のインスタント食品。それらの中には大陸には無いその地域独自の商品もあり、インスタント通の私でも初めて見る物も多くあった。既にいくつか食べてみたが、どれも満足の行く味であった。


 特にオススメなのがインスタントラーメンだ。数あるインスタントの中でもラーメンは一際美味い気がする。それも当然と言えば当然かもしれない。なんたって、あの列島はインスタントラーメン発祥の地だからな! 魔法が使えない時代で食品の時間を止める技術を確立した先人達を、私はとても尊敬している。


 さあ、今日も偉大なる発明家達に感謝しつつ、インスタントを存分に味わ――


「あの、師匠。ここ最近またインスタントばかり食べてますよね?」

「……はぁ、邪魔しないでくれたまえ」

「師匠の健康を考えれば邪魔せざるを得ません」


 弟子がうるさい。全く、この弟子は私と美のセンスが似ているし、私に変わって家こと全般もこなしてくれて、更にマスコミの対応もしてくれるので大層気に入っているのだが……食ことに関しては相容れない。


「僕がちゃんとした料理を作りますから、今日はインスタントを我慢してください」

「いやいやいや、インスタントだってちゃんとした料理さ。最新のやつだと手料理より上手いこともある」

「では栄養のバランスは? インスタントに頼り過ぎて偏っていませんか? 太りますよ?」

「ぐっ……乙女に向かってそれは卑怯ではないか……!」


 太るのは困る。だからと言って、インスタントを諦めるのも癪だ。どうにか弟子を言いくるめなければなるまい。


「……そうだ。ここは折衷案として、インスタント食品を使ったアレンジ料理を作るというのはどうだ? これならば健康に気を使いつつも、インスタントを食べることができる」

「そこまでしてインスタントを食べたいですか?」

「食べたい」


 弟子をじっと見つめる。届け、私のインスタントへの思い!


「……し、仕方ありませんね」


 弟子は私から目を逸らし、そう言った。やった、上手くいった!


「師匠のお望み通りの料理の作ってあげますが、何かアイデアはありませんか?」

「ふむ……全く思い浮かばないな」

「ですよね」


 言い出しっぺは私だが、本当に何一つ思い浮かばない。まあ、いつも通り弟子に任しておけば大丈夫だろう。料理上手いし。


「とりあえず、家にあるやつで適当に作ってくれたまえ」

「はいはい、全く……」


 そう言う弟子の顔には、笑みが浮かんでいた。


 さて、料理ができるまでの間、私は落書きでもしようか。今日の題材は……そうだな。あれでいこう。


 芸術とは、この世に存在する物を変化させ続け、真の美へと近づける活動である。真っ白なキャンバスでも、味気ない粘土でも、芸術家が手を加えることで美しく変わってゆく。そして、それが真の美へ至った時、ようやく変化は収まるのだ。つまるところ、真の美とは停止しているのである。完全であるが故に、変化する必要がない。これこそが、私の求める芸術なのだ。


 その域に達するには途方もない時間がかかるだろう。最悪、通常のヒトの寿命では足りないかもしれない。だが、幸いにもこの世界には魔法がある。魔法を使い、永き時を生きるのも不可能ではない。私は真の美を生み出す為に、時間を超越するつもりだ。


 実際に、自分の寿命のタイマーを停止させた女性を私は知っている。彼女は魔法で老化を止め、魔法で記憶の限界を超え、千年以上の時を生きてなお純粋な心を持っていた。それすなわち、魔法少女。


 と言うわけで、私はタブレット上に魔法少女を描いた。デザインは私のオリジナルだ。


「……こう言う格好、一度はしてみたい様な……」

「師匠なら似合いますよ」

「ふふ、そうかもしれぬな……って」


 お、お前! 聞いたな!? いわゆる、萌えキュンな魔法少女の絵を見られるのは許容範囲だ。むしろ見せびらかしても良い。だが、不意に溢れた今の発言を弟子に聞かれるのは師匠としての威厳に関わる!


 どうする。既に手遅れな気もするが、何とか取り繕わねば。しかし言葉が出てこない。弟子よ、何故笑っている。やめてくれ。そして忘れてくれ。これ以上、私のカリスマが失われてはならないのだ。


 よし、脅そう。


「我が弟子よ……」

「はい、なんでしょう?」

「今のは忘れろ。さもなくば、あー、さもなくばぁ……」

「さもなくば?」

「……少し待て」


 肝心の脅し方が思いつかないまま、見切り発車してしまった。ダメだ、一旦落ち着け私! 冷静に、クールに、寒冷地の植物の様な心になるのだ。そして、最高の脅し文句を考えよう。


 脅し候補その一、破門。即却下だ。唯一の弟子が居なくなれば、掃除洗濯は誰がやる? 今さら一人生活に戻れるか!


 脅し候補その二、魔法。これも却下。私は凄まじい魔法を使えるが、加減が苦手だ。下手したら色々な罪で逮捕されてしまう。


 脅し候補その三、没収。……そもそも没収できる様な物などあるか?


「あー、うーん。何か、何かぁ……こっちをじっと見てどうした?」

「あ、いえ、そ、その、とりあえず食ことをしませんか?」


 どうやら料理ができたらしい。ふむ、ならば食ことをしながら脅し文句を考えるか。


「ベジタブルラーメン、というのを作ってみました」

「ほぉ、これは……!?」


 なんだ、この多種多様の野菜で彩られたラーメンは。ざっと見ただけでも八種類以上は野菜が入っているではないか。こんなに健康的なラーメンが存在していたとは。いや、それより、これは本当にインスタントを使っているのか? 行列のできるラーメン屋で出てきそうな出来栄えなのだが。


「心配しなくても、ちゃんとこれを使いましたから」


 そう言って弟子が見せてくれたのは、空になったインスタントラーメンの袋だった。ふむ、確かにお馴染みのやつだ。でも、正直まだ信じられない。


「そんなに疑うなら食べてみてくださいよ」

「君は私の心を覗いているのか!?」

「いえ、顔に出ていたので……」


 自分の顔をこねてみる。そんなに顔に出やすいのだろうか、私。顔がコロコロ変わる師匠というのは、どうなんだろうか。締まらないというか、顔から威厳やらカリスマやらが漏れ出してしまう様な気がする。気をつけねば。


 ともかく、インスタントラーメン改めベジタブルラーメンを頂こう。箸を利き手に持ち、箸の先で麺を掴む。これだけの動作が慣れないうちは難しかったものだ。練習に練習を重ねて、今ではすっかりマスターしたものだがな。こうして麺を口に運ぶのも余裕で――


「熱っ……!」

「ところで、師匠」

「ふー、ふー……何かね?」

「展覧会に出す絵は完成したのですか?」


 近々、私と弟子の作品を披露する展覧会が予定されている。自称するのもなんだが、私は有名な芸術家だ。今回も多くの人々が私の作品を観に来るだろう。そして、その展覧会は私の新作発表の場でもある。


「ああ。実はだな、ついさっき完成したばかりだ」

「本当ですか!?」

「ふふ。食べ終わったら観せてやろう」


 目をキラキラ輝かせて、本当にかわいい弟子だ。そのかわいい弟子が作ったラーメンを、十分に冷ましてから一口。……美味い! インスタントの味がいくらか残っているのというのが実に良い。これを食べれば嫌なことも忘れてしまえそうだ。……そういえば、何か忘れている気がする。


 さて、私らは食ことを終え、自宅の一室にあるアトリエへと向かった。このアトリエは我が家にしては珍しく、常に片付いた状態となっている。私が絵を描いている時に視界の端で物が落ちたり、転がったりしたら集中できないからだ。動く物が発生しないよう、私自身の手でアトリエは片付けられている。


 そんなアトリエの中央に、大きな絵が鎮座している。完成したばかりの、私の作品だ。


「これは、桜ですか」

「そうだ。この前の旅行からインスピレーションが湧いてな」


 その絵は、大雑把に言えば凍った満開の桜だ。暖かな季節に咲き、暑くなる頃には散っている桜。私は、自然界ではほとんど見られない、時の止まった桜を描いてみたのだ。この絵は美しく描けたと思う。思うのだが、この絵には何か、違和感がある。思い返せば、この違和感は完成に近づくにつれて大きくなっていた気がする。私には違和感の正体がわからない。だから、弟子に観せることにした。


「どうだね? 君の正直な意見が聞きたい」


 私がそう言うと弟子は、絵をじっくりと眺め、やがて、ゆっくりとまぶたを下ろした。しばらくの沈黙。どう答えるべきか、悩んでいる様だ。果たしてどんな答えが返ってくるのか……私は緊張していた。この絵は、私の価値観が色濃く反映されている。作品というのは作者の中から生まれてくるものであり、作者の魂のカケラと言っても過言ではない。つまり、この凍った桜への評価は、私の価値観への評価と同義だ。私は、正直、この絵を人前へ出すのが怖い。だがそんなこと、弟子に言える訳がない。私にも意地があるのだ。


 時間が停止したと錯覚してしまう程の沈黙は、再び目を開いて私の作品と向き合った弟子によって破られた。


「……この絵は、何と言いますか、悲しいです」

「悲しい?」

「いえ、その、この桜はとても美しいのですよ。満開になった、とても素晴らしい瞬間が良く描かれていると、僕は思います。こんなに緻密で美しい絵は師匠以外には描けません。ですが……」


 そこで一度、弟子は言い淀んでしまう。だが直ぐに次の言葉を紡ぎだした。


「……ですが、この桜はこの瞬間で終わってしまっています。それでは足りないんです」

「ある瞬間を凍結させた様な絵なら、今までも描いてきたが……」

「師匠の描く永遠の美は、本当に素晴らしいと思っています。ただ、上手く言い表せられないのですが、桜は何か特別なのだと思います。ただ、一瞬を切り取るだけでは表しきれない、特別な……」


 表しきれない。その言葉を聞いた瞬間、違和感の正体が理解できた気がした。桜の美しさは忙しなく変化する。寒さが終われば希望の芽が萌えて、季節の流れと共に美しさを開花させ、そして最後には散り、なんの面白みもない葉桜となる。地元のヒト達は、その流れも含めて、桜は美しいと言っているのだろう。それはわかっていたが、それでもあえて、私は桜を凍らせた。だが弟子の言う通り、一瞬だけでは桜の美を表しきれなかった。それどころか、永遠に散ることも芽吹くこともない桜は、観た者に悲しみを感じさせてしまうのだ。


「……そうか。そういうことも、あるんだな」


 私は桜の絵に触れ、魔法で凍結させた。私が普段から使っている、物体の時間を止める魔法だ。これで必要になる時まで作品を保護しているのだが、この凍った桜の時が動きだす日はたった今、未定になった。


「決めた。この作品は展覧会に出さない。もう一枚描こう」

「え、今からですか!? 間に合わないのでは……」

「なぁに、世界を止めてでも間に合わせる。君は自分の作品に集中したまえ」


 美は永遠であるべきという考えは変わらない。しかし、永遠に止めてしまうことで失われる美も、確かにあるのだ。私と違い、それに価値を感じるヒトだって世の中にはいる。そのヒトの前で失われる美を凍結させて台無しにする程、私は無粋ではない。私は、誰もが認める真の美を追求する。それだけだ。


時間停止した世界で動くには、例えば、時間停止させた本人が触れているものなら本人と一緒に動く、といった前提が必要となります。何故なら空気があるからです。

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