真紅の魔眼
――その魔眼に囚われてしまえば最後、逃れる事はできない。
これは、数年前の事だ。
考古学者である僕は知り合いのハンターに護衛を頼んで、とある砂漠の遺跡の調査に向かった。
その遺跡には、恐ろしい魔物が棲んでいると噂で聞いていた。なんでも、巨大な影が遺跡の秘密を覆い隠しているのだとか。なんともワクワクする話だ。僕は、この真相を暴く事を決定事項とした。
魔物が占拠している遺跡というのは、調査が進まないものだ。結構危険だし、大体辺境だし、保護団体とかが滅茶面倒だし、とにかく、困難なのだ。
だが、だからこそチャンスである! 未知なる砂漠遺跡の秘密を全て独占し、業界で名を挙げる事こそが僕の目論見だった。その為にはできる限り早く、なおかつ確実に遺跡を攻略しなければならない。
数週間に渡る準備は、下調べから始まった。一番近くの町でハンター君と共に遺跡に関する噂を聞き周り、魔物の全容を掴んで行く。そして、町の図書館にある資料も漁りまくり、いくつかの候補に絞り込んだ。
その候補の中で共通していたのは、闇に関する魔物であることだった。闇の属性、闇命属性の魔物の弱点は熱炎属性と光導属性、つまりは炎系と光系の魔法だ。しかし、候補の中には熱炎属性に耐性を持つモノもいた為、どの候補だとしても安定して大ダメージを与えられる光導属性の武器を調達する事にした。
本当は遺跡を偵察し、魔物の正体を確定させてから戦闘準備を行いたかったが、A社(大人の事情で名前を伏せさせてもらう)が既に動き始めていた。成果を独り占めするには当然、一番乗りでなくてはならない。僕達はできる限りの準備を整え、早急に遺跡へと向かった。
その道すがら、ハンター君がポツリと呟いた。
「先生、今度こそ大丈夫ッスよね?」
ハンター君は僕の事を先生と呼ぶ。理由は単純に、僕が学者だからだ。僕は「大丈夫だ」と短く答えた。実はそれまで二、三回ほど同じような事をして失敗しているのだが、僕は失敗から学ぶ男だ。それまでの失敗の原因は、準備不足と僕自身の不幸体質。この二つさえ解消できれば成功間違いなしなのだ。
砂漠遺跡に着いたのは、太陽が頂点を少し過ぎた頃だった。遺跡は町から離れており、更にこの砂漠の夜は危険過ぎる為にこの時間帯になるのは必然だった。日が沈むまでの時間はそう多くない。相手は闇の魔物だ。太陽のご加護を得られる内に決着をつけるべきである。そう思い、早々に遺跡へ足を踏み入れようとした瞬間、視界の端に何かを捉えた。
砂岩の影に何かがいた。白い、何かが。しかし、既にソレは姿を消していた。幻だったのだろうか。ハンター君に尋ねても、「何も見てないッスよ?」と返ってくるのみ。やはり見間違えだろうか。でも、もし見間違えでないとするならば――。
「影に気をつけろ」
「わかってるスよ」
魔物の中には、自らの肉体を闇の魔力に変換し影に紛れる種がいる。遺跡の内部は薄暗く、隠れるにはうってつけだ。だからこういう物を用意した。
光る魔鉱石、“ディスティニウム”だ。これは死期の近い人間がいない限り光り続ける金属で、光っている限りは僕達の命は保証される。ディスティニウムを通路に設置したり、投げたりする事で影からの奇襲を防ぐのだ。ただ、数を用意できなかったので慎重に使わなければならなかった。
砂岩に覆われ光りの届かない空間に、スティック状のディスティニウムを投げ込んだ。重さにして百グラム。それでも学校の教室くらいの空間を照らすには十分な量だ。
「メシャーッ!?」
影に潜んでいたモノが悲鳴を上げ、遺跡の奥へ逃げ込んだ! 今度はしっかりと見た。子供が白い布を被った様な、超古代のとある神を彷彿とさせるフォルム。
「先生、見たッスよね!?」
「ああ、あれは間違いない」
“メシャッド”。影に潜む幼竜系のモンスターだ。強い光に弱く白い膜で体を守っており、その膜には一つ目の模様がある。先に目が付いた尻尾が足元から伸びているのが最大の特徴だ。
メシャッドの出現により、この遺跡に巣食う魔物はメシャッドの成体である可能性が高まった。まだ断定はしないが、僕はその場合に備えて動く事にした。
いくつかの小細工をした後、僕は慎重に遺跡の奥へと進んだ。メシャッド以外の魔物は見当たらない。ふと壁を見ると、目のシンボルが彫られている事に気付いた。左右のわからない、無機質な目だった。周りを見渡すと、それが一つでない事にも気づく。
目が、並んでいた。大量に、規則正しく、僕達を取り囲む様に、並んでいた。いつからだ。入り口近くの壁には目なんて彫られていなかったはずだ。見られている。ディスティニウムの光を反射し、目は赤く、紅く輝いていた。頬を、汗が伝う。
「先生、来るッス!!」
声が聞こえると同時に、光が消えた。僕は咄嗟にいつでも使える様にしていた閃光弾を投げ、走った。
強烈な光を背中に浴び、来た道を戻る。ハンター君もちゃんとついて来ている。作戦通りだ。想定外があるとすれば、ディスティニウムを砕かれた事か。幸いにもまだストックは残っている。作戦は続行だ。
「アタリを引いたッスね」
「何が来ても対応できる作戦にアタリもハズレもあるか。さあ、次の一手だ」
僕達が立ち止った場所は、ディスティニウムで照らされた遺跡の一室だ。こんなにも明るいという事は、まだ誰も死なない保証がされているという事だ。運命を信じて、勝負を続ける。
やがて、暗闇の中から巨大な影が迫って来た。アレこそが砂漠遺跡のヌシであり、僕達が退けるべき魔物“メシャドラ”だ。深淵竜とも呼ばれるメシャドラは、いわゆるワイバーンの一種である飛竜系のモンスターだ。
「シャドォァァァッ!!」
遂に、僕達は直視した。闇の中から飛び出した、メシャドラの姿を。その体は影そのものだ。本来あるべき場所に目は無く、翼の輪郭は曖昧。長い尾の先に付いた真紅の魔眼のみが唯一光を反射していた。
尻尾の魔眼が弱点と思われがちだが、実際は驚異的な再生能力によって潰されてもいくらでも再生する。その上、狙い辛い。素直にその巨躯に対して攻撃した方がよっぽど効果的だ。
ただ、何事にも例外がある様に、魔眼を狙った方が良い場合もある。その時の、その瞬間の様に。
「いきなりぶっ放す気スか……!?」
自分の住居なら派手な破壊攻撃はしないだろうと踏んでいたが、見当違いだった様だ。魔眼が僕を捉えながら、血涙を流していた。大ワザの前触れだ。当たれば軽く死ぬ威力である事は文献で確認済みだった。
「撃たせるか……!」
僕は小型の魔法銃で魔眼を撃ち抜く事を試みた。練習を重ねてきたから、当てる自信はあった。勝てると思っていた、賭けだった。
――銃口から弾丸は放たれなかった。
装填のし忘れだとか、弾丸が速すぎて見えなかったとか、そういう事ではない。故障だ。銃の、故障。よりにもよって、この場で、このタイミングで。これほど己の不幸を呪った瞬間は無かっただろう。
それでもこうして、僕が生きているのは、
「とりゃぁあああッ!!」
ハンター君のおかげだ。
必殺技が放たれる直前、光の塊、ディスティニウムがメシャドラの尾に直撃した。それにより狙いがずれ、血のエネルギーを放つレーザー攻撃、『ブラッドストリーム』は僕の後ろの壁に穴を開けるだけで済んだ。考古学的には大問題だが、やはり命より大切なものはない。
そして、大技を放ったメシャドラには隙が生まれた。せっかくのチャンスだ。利用しない手はない。
「やるぞ!!」
大声でハンター君に決行の意を伝えた。直ぐに腕で自分の目を覆い、同時に服のポケットの中に忍ばせておいたスイッチを起動する。
瞬間、光が爆ぜた。その余りにも強い光は僕の背中を焼き、直視しようものなら即失明しただろう。そんな光を受けて、闇の存在が無事でいられる訳がない。しかもその光は一瞬で終わらず、十数秒間続いた。
これが先程仕掛けた小細工だ。天井にただ強い光を放つだけの魔法装置を貼り付けておいた。バレたら簡単に破壊されてしまう上にリスキーだが、それに見合う絶大な効果がある。
だがまだだ。まだこれで終わりではない。光が収まった瞬間、ハンター君が走り出した。その手には光り輝く斧が、その先には蹲るメシャドラが居る。
「止めッスよ!!」
斧が振り下ろされ、戦いの幕は閉じた。
緊張が解け、僕は動けなくなった。肌はヒリヒリするし、足はガタガタするしで、とても遺跡を調査できる様な状態ではなかった。対して、ハンター君はピンピンしていた。流石に普段から戦いまくっているやつは違う。
それに、メシャドラの亡骸の扱いにも困っていた。どこかへ運ぼうにも、その為の機材を持ってきていなかった。後でハンター君に聞いた話だと、上から二番目の危険度はあったというメシャドラ。亡骸を回収できればどこかに高く売りつける事もできただろう。
『見事ダ』
突然、頭の中に声が響いた。ハンター君にも聞こえたらしく、動揺していた。
『我ヲ倒ストハ……貴様コソ主に相応シイ』
倒したはずのメシャドラが、起き上がっていた。されどそこに敵意は無く、赤い目が静かに僕を見つめていた。その時ハンター君が何か喚いていた気がするが、僕はそれを無視した。それほどまでに、僕は魔眼に魅入られていた。
これが、僕と妻との出会いだ。




