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名前

ヒトとして生きるのなら、名前は必須です。

 

 のどが渇いていた。


 どうって事はない。日常的な渇きだった。俺は本能に従って、水場へと向かっていた。結局、着く事はなかったが。


 途中で変なヤツを見つけた所為だ。アイツの所為でオレは変わってしまった。


「がはっ、がはっ……はは、獣か。ついて、ねぇ……」


 何故この時の事を、ここまではっきりと覚えているのか。今でも不思議だ。


「もう、お前で良い……俺の名前を覚えておいてくれ」


 この男に何が起きたのか、まだ分かってはいないが……。


「俺の名前は――」


 その遺志だけは、理解した。


 名前を聞き届けた後には、赤が広がっていた。男自らが広げた、鮮やかな赤だ。どの道、男はダメだったのだろう。オレは、のどが渇いていた。渇いていたから、目の前の赤を舐めた。そこからはあまり覚えていない。


 気付けば、知らない場所にいた。


「貴様、名を名乗れ」


 ぼんやりとした意識の中、言葉が聴こえてきた。当時は理解できていないはずなのに、答えができていた。そう答えるべきだと、本能が告げていた。


「オレの、名前は――」


 オレはあの男の名前を貰い、ヒトとなった。


 ヒトになってからは学ぶ事ばかりだった。言葉を学び、社会を学び、魔法を学び、“回帰”の仕方を学んだ。


 回帰をすれば獣の姿に戻れた。ヒトは、この能力を“トランスバディ”と言うらしい。


 別にオレが特別という訳ではない。トランスバディの他にも特殊な能力はある様だし、獣からヒトになってしまう事例はあり溢れているらしい。


 だが、ヒトになってもなお自ら戦い続けるのは珍しいと、今の同僚から聞いた。平和な社会に住む権利を得たのなら、わざわざ危険に飛び込む必要はないと。


 オレの仕事は、ハンターだ。ヒトに不利益な魔物を狩り続ける仕事人。オレには戦う事しかできないし、ヒトの社会には馴染めきれなかった。そんな獣にぴったりの仕事だ。


 それに、あの男の事も気になる。狩り続けて、狩り続けて、屍の山の上から見渡せば真実も見えてくるのではないかと、荒唐無稽な事を考えてしまうのだ。


 運命がどうなるにしろ、オレは戦っていくしかない。本能に身を任せて、渇きを潤しながら。



名前の持つ力というのは、とんでもないものだと思うのです。

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