第六章 城を落とす道具
諏訪の城は、山の上にある。
信宗は、河原の仮小屋で、地図を広げていた。
上原城、桑原城。どちらも、険しい山腹に築かれ、鉄砲だけでは、攻めあぐねる。
「大筒は、門を壊せる。だが、石垣の上の敵には、届きにくい」
傍らで、源左衛門と、宮大工の棟梁が、腕を組んで聞いている。
「そこで、三つ作る。城を越える道具、城を焼く道具、本陣に殺到する敵を止める道具だ」
一、投石機
「これは、古い投石機とは違う」
信宗が、板に描いたのは、長い腕を持ち振り子を持つ、てこの絵だった。腕の一端に、巨大な錘。もう一端に、綱と石を入れる袋。
「錘が落ちる力で、腕が振られ、さらに振り子が加速を付け石が飛ぶ。人の力ではなく、重さの力を使う」
棟梁が、目を見開いた。
「重さで……。それなら、人手が少なくとも」
「そうだ。そして、振り子の綱の長さや袋が開く時期を変えれば、飛距離も、変えられる」
数週間後、河原に、木の骨組みが、運ばれる。
「放て!」
綱が切られ、錘が、轟然と落ちた。長い腕が、空を薙ぐ。袋から放たれた石が、弧を描いて、対岸の丘の、遥か奥へ消えていった。
数拍おいて、遠くで、土煙が上がった。
「……城壁の、上を越えるな」
板垣が、呆然と呟いた。
二、火玉
「城を焼く」
信宗は、この言葉を、静かに口にした。
松脂を煮溶かし、布と縄で、固く丸める。その中心に、火薬を仕込む。投石機で飛ばし、敵の櫓や、兵舎に落とす。当たれば、火が、燃え広がる。
河原に、板で組んだ模擬の櫓が、立てられた。
「放て」
火玉が、弧を描いて、櫓に落ちた。
一瞬の静寂の後、板の隙間から、黒い煙が、噴き出す。次いで、炎が、舐めるように、柱を伝い、数十拍のうちに、櫓全体を、飲み込んだ。
熱が、離れた場所の頬を、ひりつかせる。
「これは……」
「風向きが、大事だ」
信宗は、その光景から目を離さずに、言った。
「風が、こちらに向かえば、火は、我が軍を焼く。風が止まり、雨が降れば、役に立たぬ。使う時と、場所を誤らぬよう、必ず、私が確かめる」
足軽頭が、緊張した顔で、頷いた。
三、散弾砲
最後に、信宗が示したのは、他の二つとは、少し違うものだった。
「大筒の砲口に、大きな玉ではなく、小さな鉄の粒を、たくさん詰めた缶を装填する」
「粒を?」
「撃てば、粒が、一斉に、扇のように飛び散る。近づいてくる敵の、一群を、薙ぎ払う」
河原に、的として、板を、横一列に並べた。数十枚の板が、人の背丈ほどの高さで、並んでいる。
散弾砲が、据えられた。
――轟音。
白煙が、晴れた。そこにあった板の列は、跡形もなく、砕けていた。無数の穴が空き、立っている板は、一枚もなかった。
足軽たちが、息を呑んだ。
板垣が、口を、半開きにした。
「…………これを、人に」
「撃てば、そうなります」
信宗は、静かに答えた。
「城門に、敵が殺到したとき。あるいは、我らが、守りに回ったとき。一撃で、陣を、守れます」
誰も、口を開かなかった。
その夜。
信宗は、離れの縁側で、一人、膝を抱えていた。
(城を、焼く。人を、薙ぎ払う。そのための道具を、俺は、作った)
雨宮として、四十年生きた記憶が、胸の奥で、軋んでいた。
農協の事務所で、組合員の笑顔を相手に、種を売っていた男が、今は、戦の道具を、図面に引いている。
「眠れぬか」
声に、顔を上げた。晴信が、縁側の端に、腰を下ろしていた。
「兄上」
「顔色が、悪い。あの散弾砲を見てから、ずっとだ」
「……」
晴信は、月を見たまま、静かに言った。
「信宗。戦は、人を殺す。それは、変わらぬ」
「はい」
「だが、弱い軍が、無駄に死ぬより、強い軍が、早く終わらせる方が、結局、死は少ない。私は、そう信じている」
「…………」
「そなたの道具は、人を殺す。だが、同時に、この国の戦を、短くする。そのために、使うのだ」
信宗は、ゆっくりと、頷いた。
(それでも、使わねばならない。使うなら、早く、終わらせるために)
月の光が、河原の巨大な投石機の影を、長く、地面に落としていた。




