6 獣人たちの仁義なき戦い
時間は、刻一刻と過ぎ去っていく。
ガルフはふらりと家を出ていって、マーカスは先ほど外出先から帰ってきた。
夕刻――
「なんか、早めの飯でも食べておくか?」
マーカスが私の顔を見て心配そうに声をかける。
パン屋でパンを買っておいたと新聞紙に包まれたパンを私に渡す。
まだ、温かい。
そういえば、まともにご飯を食べていない。
普段からそうだから気づかなかったけど……
母は、こういうさりげない優しさに平穏を求めたのかしら?
新聞紙を開き、ほんのり温かい白パンを齧ると、私の代わりに涙を入れてくれたのと思うような淡い塩味と酸味が混じり合った味がする。
「美味しい……」
温かいパンなんて、初めてだ。
継母の嫌がらせでカビが生えてたからね。
義妹や義弟たちが美味しいものを食べている姿すら、もう羨ましいという気持ちもなかった。
ぼーっと、過去のことを思い出す。
アレックスが私を見初めてくれたのは奇跡に近かった。
私たちは、この国に登録された適齢期の貴族女性が全員呼ばれたパーティーで出会った。
挨拶を済ませたらすぐ帰れと言われていたのだ。
急いで帰ろうと思ったのに、ふと開いていた扉から美しい庭園が見えた。
こんな素敵な場所に来ることは二度とないだろう。
フラフラと引き寄せられるようにその美しい花を見ていたら、不思議と涙が出てきたのだ。
そこに、アレックスは声をかけてきて親しくなったんだった。
「兄の婚約者を探すパーティーなんですよ。ご存知なかったですか?」って。
知るわけがない。
「ああいうのはすでに話が決まっているけど、パーティーで見初めたことにするんでしょう?」
というと、大笑いされたわね。
まっすぐな君が好きだと言われていたのに、隠し事をした私を恨むのは当然……
ポロリと涙が溢れるのを、マーカスはただ、タオルを差し出して気づかないふりをしてくれた。
私はそれを受け取り、涙を拭く。
だが、その包まれた新聞紙を見て、ふと目が止まる。
「第二王子 結婚間際か?」
私は、その新聞の見出しを口にする。
「あっ!」
マーカスは、それを奪いぐちゃぐちゃに丸める。
「何?マーカスも知ってることなの?」
「知ってるというか、ゴシップだ。今日という満月の日に目にすることじゃない」
「そ、そうよね。動揺は敵だもの……でも、中途半端にみると気になるわ」
私は、マーカスが持っているグジャグジャに丸められた新聞を見つめる。
「だ、ダメダメ!ただ、第二王子が、今夜、結婚相手を見つけるパーティーを開くというだけの記事だ。」
そう言ってマーカスは「あっ!」と口を押さえる。
「マーカス……狼は満月の日になると、口も軽くなるの?」
それは、知らない方がいい情報だわ。
私は、しっかり聞いてしまったこの長い耳が嫌になる。
もし飛び出した私が、アレックスと会いたいことを願っていたら間違いなく、このパーティーを壊しにいくもの……
だって、そんな二、三日で、アレックスのことを諦めろなんて無理よ。
それなのに、ああ、もう日が暮れようとしている。
私は、時が経つのが恨めしくてたまらなかった。
それから間もなく、ガルフも、疲れ切った表情で家から帰ってきた。
「念の為にうさぎ族に声かけてみたんだけど、君の受け入れはしてくれそうだった。でも、あれはやめた方がいいな」
「え?なんで?」
ここで満月の度に、こんなことをしてはいられない。
一応、母の実家なのよね?
「満月の狼といつ繁殖期に入るかわからない私が一緒にいるより、うさぎの中で孫を守ってやろうという気はないわけ?」
「守るという名目で引き取ることを考えていたようだったがやめとけ。月のうさぎは利用価値があり過ぎるんだよ。半獣だと聞いて引き取りを拒否ってた癖に、月のうさぎだと聞いた途端目の色を変えやがった」
「あ、それは父と同じ匂いがするわ。パス」
何匹いるかわからないうさぎより、狂った狼二匹を相手にする方が、なんとなく楽な気がする。
しかし、母の実家も碌でもないわね。
商売繁盛の月うさぎだからって、人族の元で仕事までさせられてさ。
本能が発動して失敗した娘を受け入れることすらしないって……
しかも、孫が娘と同じ力を持っていたら手のひらを返したわけでしょう?
「ガルフ、ありがとう。母の実家がクソだって分かって、なんだかスッキリしちゃったわ。母が平穏を求めて二人の元で幸せに暮らしたなら、良かったのよ。そうね、私が不幸だったからって、母も不幸でなければならない理由なんてないものね」
そう思えるだけ良かった。
アレックスのことも、今は辛いけど、結婚して耳が出たらとんでもないことになるところだった。
少ししんみりしていると、いよいよ夜が始まる。
蝋燭の火を頼りに部屋の真ん中で3人はかたまる。
「まだ、明るいけど……月は出ているのかしら」
「どうかな?最近は日が暮れるのがゆっくりだから……」
「そうね……」
そのまま、3人とも話さない。
だが、最初に異変があったのは私たち3人ではなかった。
「ねえ、何か音が聞こえない?」
私の長い耳がピクピクと動く。
「なんか地面を叩くような音がするな?なんだ?獣の大移動か?」
満月で反応するのは、狼やウサギだけじゃないから……
そうガルフは言うが、何が反応しているのか?私たち3人はそれを確認する術もない。
特に二人は、外に出たら臨戦体制になってしまう。
ドッカーーン!
へっ?
後ろを見ると、せっかく積み上げた石の壁が大きく壊されている。
そして大量の人の大きさのあるウサギたち!
いや、恐怖でしょ!
二つ見えるギザ歯が、可愛らしくない!
「我々の月のうさぎを返していただこう。これは娘、ソフィアが我々に届けてくれた贈り物だ」
「何を言うか!半獣なんていらないと言ったのはそっちだろうが」
あら、これがわたしの祖父?
本当に母の実家もクソッタレだわ。
だから、母は、人族の世界で暮らしたかったのかしら?
わたしは、初めて見るうさぎ族に、怒りしか湧いてこない。
って、おっと!
やばい!
ガルフの服が吹き飛んで人の大きさの狼に!
月の光をガンガンに浴びて立ち上がる。
「お前たちがソフィアの帰る先を無くしたんだろうが!何を今更!」
しまった!
マーカスのボタンも服も飛び散って…… ああ、尻尾まで……
その瞬間、目の前で、殴り合ううさぎ、蹴り合ううさぎ、噛み付く狼、牙を立てる狼の戦いが始まる。
ど、どうしよう!
「孫娘や!さあ、わしと一緒に来るんだ!」
優しそうで優しくない真っ黒な人の大きさをしたうさぎが、ギザ歯を、キラッと光らせて襲いかかる。
「いやややあああああああ」
私は、気持ち悪いうさぎたちを、無我夢中で蹴り上げていく。
その度に、うさぎがどこか遠くの空に飛ばされていく。
いよいよ完全に、私も月の光が――
「ガルフ!マーカス!」
叫ぶが、二匹の狼の見る目が、今までの私を見る目と違う。
あっ……
舌なめずりして、これは……ダメだ!
「二匹とも!ごめん!」
約束通り、私はガルフとマーカスを蹴り飛ばす。
その瞬間、私もその勢いで吹き飛ばされる。
「うわああああああああああ」
これでもかと空中回転をした私が辿り着いた先は……
ドカーーーーン
かつての住み慣れた我が家。
「お前、セラフィナ!なんで戻って!ああ、お前のせいで家がめちゃくちゃだ」
「まあっ!なんてこと!お前、国王様から追放されたのを忘れたのかい?」
父と継母の叫びに合わせて、義妹と義弟も涙を浮かべて叫ぶ。
「お姉様!どれだけこの家を掻き乱したら気が済むんですの?」
「この家が、お前のせいでどんな風評被害にあったか分かっているのか?国王様にも睨まれて、付き合ってくれる貴族もいなくなったんだぞ!」
わあわあわあわあ
遠くで騒ぐ音が、まるで何か遠い音のように聞こえる。
そっか、月の雫に願ったのは、この家がぐちゃぐちゃになればいいのにということだったのか?
私も大概ね。
心の中にあったのはそんなくだらないことなんて……
涙もでやしない。
私は、その床を踏み締める。
ドカン
穴が開く。
ドカン
穴が更に開く。
ドカン、ドカン、ドカン、ドカン!
「お、おい!やめろ!」
ドカン、ドカン、ドカン、ドカン!
次々に私は穴を開ける。
「やめろって言ってるだろう!」
思いっきり、腕を、体を固定される。
みんなが私に飛びついてきて、私はその飛びついて押さえ込んできた状態のまま、足をバタバタさせる。
その度に、みんなも一緒に飛び上がり、家はどんどん穴が……
そのうち壊れて……
二階はなくなり、屋根も壊れて、床は踏み抜かれて……
「スッキリした」
目の前には、ボロボロになった元家族と、私に意地の悪い嫌がらせばかりしてきた使用人たち。
そして、瓦礫となった家があった。
「今まで育てていただきありがとうございました」
そう言って、私は思いっきり月に向かってジャンプした。
「わあああああああああああ」
かっこよく去ったのはいいけど、この後どうするよ?
くるくると回転して、願望を叶えた後のことを考える。
このあと私、どうするの?
ガルフもマーカスも、母の実家うさぎも蹴り飛ばしたし……
どうするの?
いえ……ちがうわ
これ、どうしたらいいのの間違いじゃないかしら?
だって見慣れたものが!
あああっ!これは!
王城!!やばい!やめて!
ドッカ――――ン




