3 月うさぎの本能がわたしに残したもの
「き、君の気持ちも聞かずに、私たちの一方的な思いの押し付けを失礼した」
「いえ、流石に家を壊すのはやりすぎました。そんなつもりは全くなかったのですが……」
マーカスは飛ばされて良し。
だが、母よ。父より次の男はまともだったみたいね。
私は、瓦礫とゴミに塗れた家の中を、ガルフと二人で片付けることにした。
マーカスが飛んでいった方向の空を見上げる。
今日は綺麗なまんまるに近いお月様だ。
「君は、ソフィアと同じなんだな。ソフィアは、ただのうさぎではなくて、月のウサギで神の使いなんだ。だから、満月の日が近づくとよりパワーアップしていた」
「神の使いですか?」
そういえば飛びウサギは縁起がいいと聞いたことがある。
高く跳べるから運がいいとか月にかけて、ツキを呼ぶとか……
「そう、神に望まれたうさぎで、そのウサギが産まれた家は栄えると言われてる、ソフィアが亡くなったあとはいなくなったと思っていたが、君がその血を継いでいたとは」
「そんな母がどうして、人族に?」
私は、ガルフの話を聞いて眉間に皺を寄せる。
「月のうさぎは商売運がいいと言われている。だから、人族と商売の取引は彼女が行っていた。ただ、人族と恋に落ちた日は満月だったんだ」
「満月?」
「満月の夜は、月うさぎには禁忌なんだ。繁殖反応が強くなる。ソフィアは不幸にも、その繁殖の初めての目覚めが人族の国で起きた。そんな症状がでるとは周囲も本人も知らなかった不幸な事故だ」
本能には抗えないというやつね。
でも、本当に本能かしら?
父も、あれだけ獣人を嫌うくせに、貴族と養子縁組までやって、母と結婚したわけで、根回ししてるわよね?
がっつり、恋して破綻したんじゃないの?
「ああ、それは……そのうさぎの姿だろうね。人族の一部の人間にはうさぎ族の耳や行動が、弱々しく可愛く映るらしいんだ。でも、実際には、うさぎはかなり気性が荒い」
ガルフは、私が壊した壁を見つめながら、ぶるっと思い出したように震えてため息をつく
なるほど……
弱く可愛らしい臆病なうさぎな母に一目惚れした父と、本能には抗えずに繁殖日と重なった母が、ラブラブになったが、そのうち化けの皮が禿げて喧嘩が絶えなくなったと言うわけか。
「でも、言い方は悪いけど、予定外の男に引っかかったとはいえ、私がうまれるほどには、仲が良かったんでしょうに……」
本能のせいとはいえ、タイプじゃないなら、母もさっさとワンナイトな相手にして撤退したらよかったのだ。
「うさぎは繁殖能力も高いからね。それもあって縁起がいいというか子孫繁栄というか……一発命中というか……」
それを聞きながら、うさぎのいいところってどこよ?デキ婚かよとがっくり肩を落とす。
そんな止められない本能のせいで、わたしはその不幸を一人で背負うことになったわけだ。
父母の身勝手さに腹が立ち、唇を噛み締める。
「君は……その……ソフィアを恨んでいるのかい?」
「ええ」
私はキッパリ、ハッキリ言った。
父は碌でもなかったが、母も似たようなものだと思っている。
「私の人生にとって、このうさぎにされたことも含めて何もいいことはありません。あなたが人族との子なんてと言ったように、私には獣人との子でさえなかったら……そう思わずにはいられません」
母が人であれば、父があんな人であっても連れて離婚してくれたかもしれない。
少なくとも私は獣人化せず、誰か普通の人間と交際したり結婚したかもしれない。
アレックスじゃなかったとしても……
私は、唇を固く噛み締めた。
ただ悔しかった。
私から幸せを奪い、思い通りにならない私を、ただ、責める人たちだけが、私が欲しい幸せを持っている。
父も、母も、目の前のガルフやマーカスだって……
「うさぎ族というのは、半獣人の私でも受け入れてもらえますか?」
「かつて、ソフィアは人族と関係を持って君が生まれたことを相談したが、保護どころかそれを理由に勘当されたと聞いている。むしろ、半分人間なら人族の国には戻ったらどうか?獣人だからといって国外追放というのは初めて聞くが?」
もちろんウェルカムな受け入れではないことは知っているが……と言葉を濁す。
私は婚約者が、一般男性ではなく第二王子であったことや、マーカスからもらった母のネックレスの話を伝える。
「なんだって!月の雫を月に当てた!なんでそんなことを!あの馬鹿が!!」
ガルフが、マーカスに対して怒っている。
「すまない。それはああ、大変だ。とりあえずすぐにこの家を直そう。あと2日で満月だ。」
ひたすら家の崩れた壁に石をのせていく。
「そんな作りだから、すぐ壊れるんじゃないのかしら?もっと頑丈にしないの?」
「ああ、狼は満月の日によく暴れるからね。家の中も片付けることを放棄した結果、ああなったんだよ。この壁も壊れてもすぐ直せる方が合理的だ」
「合理的?あれが?」
先ほどの鹿の頭を思い出し、首をブンブンと振る。
「ソフィアがいた頃は、俺たちが暴れたら先ほどの君みたいに、俺やマーカスを蹴り飛ばしていたもんだ。だから家は片付いていたんだけどね」
ガルフはそう言って、寂しそうに微笑んだ。
「マーカスは、私の連れ子だが、彼女には生命を救われて以来懐いていたから、彼女の望みを叶えてやろうとしたんだろう」
言葉少なに、最後の家の壁の穴を塞ぐ。
「あとは、石用の接着剤を流し込めば終了だ。さあ、部屋に入ろう」
ガルフは、私を、先ほどの人が入るスペースすら怪しい汚部屋に案内する。
これは、汚すぎて無理だわ。
でも、こんなテンションで、度々家の中がぐじゃぐじゃになるなら、毎度、片付ける気にもならないのはわかる……
「ガルフさん、私とりあえずの居場所がないの。母と同じようにしていいんだったら、ここに置いてもらえないかしら?代わりにこの家を綺麗にするわ」




