2 早速、義兄を蹴り飛ばしました
本日何度目かのわあああっと叫ぶのと同時に、再び今度はマーカスに首元をカブッと咥えられ、私はそのまま空中に浮かび、地面に降ろされる。
「た、助かりました。」
力が抜けると同時に、首元の力が抜かれ、どさっと降ろされた地面にホッと一息つく。
「なんの騒ぎだ?」
屋根の上であれだけ、跳んだりはねたりしたのだ。
流石になんの騒ぎか気になったのだろう。
その屋根の下の玄関から、一回り体が大きなマッチョな男性が飛び出てきた。
「親父、今更だがソフィアの娘が来たぞ」
マーカスがそう男に声をかけている。
親父……ということは、母の再婚相手?
確かに、以前見たマーカスと黒目黒髪、顔つきと似てはいる。
男は、ウサギのボロボロの耳にボロボロの服を纏った私と、その隣の大きな狼をみて思わず声を失っている。
流石に人様の家の屋根で騒いだのだから謝っておこう。
「お騒がせしてすいません」
ところがそう声をかけて立ち上がったと同時に、三半規管が狂ったように眩暈に襲われる。
散々空中をぐるぐる回って飛んできたのだ。おかしくもなる。
気づけば、今度は甘噛みされて全身の体重がかかった首元がヒリヒリと痛い。知っている人と目的地に来てホッとしたからか?
遠ざかる意識と、目の前でどんどん起こっていく出来事についていけず、私は、視界がプツッと見えなくなる。
そして、そのままその場で気を失った。
◇
目覚めた時、私はゴミ屋敷のような家の中だった。
なんの冗談?
目の前に、解体した鹿の頭が転がっているんだけど……
破れた衣服、割れた食器、ありとあらゆる獣たちの死骸!
私は、ひっ!と出しそうになる声を必死で堪える。
「ここは?」
助けてくださりありがとう。
そう言いたい気持ちが失せそうな家に私は眉をひそめる。
周囲を伺おうと、鼻をくんくんさせ、同時に勝手に耳もピクピク動く。
「懐かしいなあ。こうやってあいつもよく耳をピクピクさせて警戒させていたもんだ」
「ふん、あんた、なんで今更ノコノコやってきたんだ」
一人は、人に戻ったマーカスだ。
あの時よりは、態度に威圧感があり、言葉にはトゲがあり、見覚えがある。
もう一人は?
「俺は、君の母、ソフィアの再婚相手でガルフだ。こちらは私の連れ子のマーカスで会ったことはあるそうだね」
ガルフ……えらくワイルドで存在感が半端ない。
父とはどえらくタイプが違うじゃないの?
母の好みは分からない。
「ここは、もしかして母の……」
再婚先の家ですかと聞こうと思ったが、母がいてこんなゴミ屋敷なわけがないかと、自分の言葉に首を振る。
「そうなんだよ。ここがソフィアが住んでいたところなんだ。こんな状況だけどね」
ガルフは、切なそうに、ぐるりと家を見て、困ったようにハハッと笑う。
マーカスよりは紳士でフレンドリーな態度だ。
「ここが……あの、母は?」
私は、女性の影が全くないこの家を見て、なんだか胸がざわざわするような、聞いてはいけないような嫌な予感がする。
「ああ、彼女は……」
そう言いかけるガルフの発言を遮り、マーカスが私に怒鳴り上げた。
「ソフィアさんは、あんたを一目見たいと言いながら死んでいったよ。早く会ってやれば良かったのに」
「えっ?母は亡くなったんですか」
薄情な奴という目でマーカスからは一方的な目で見られるが知ったことではない。
一度も会ったことがない母が亡くなったと言われても、悲しい気持ちもなければ、湧き起こる思い出のかけらもないからだ。
「それは……知りませんでした。それに、母に会いたくて来たというわけではないんです」
父は知っていたのかしら?
まあ、仮に母が死んだと知っていても言わないとは思うけどね。
父にとって、母とのことは人生の汚点なのだから。
「あなたからもらったネックレスを使ったら突然獣人になってしまって、婚約破棄です。国も追放されましたし、突然脚力が強くなって、ここまで飛ばされてしまいました」
私は、腹立たしくなって目の前のマーカスを睨みつけた。
「母に会えないなら会えないで別に良かったんです。上手くいくわけがない結婚をして、子供を作ったかと思ったら、今度は価値観の違いで離婚、更には、獣人じゃない私を連れて帰ることはできないからって、あんな男の元に置いていったんですから」
残された私の不幸を知らないあなたに言われる筋合いはない。
でも、そう言いかけてやめる。
私を不幸にしたのは父母であり、マーカスではない。
「そ、それは本当なんだ。この獣人国は人族と仲が悪くて、人族の立ち入りは禁止しているし、ましてや人族と結婚して生まれた子なんて……」
ガルフは慌てたように、言い淀んで、手を必死に振る。
人族との間の子なんて……ね……
母はいいわ。
死んでも味方になってくれる人がいたんですもの。
それに比べて私は……
小さい頃から、父や後妻の奴隷になり、二人から産まれた妹や弟からも蔑まれた記憶が蘇る。
「子なんて、なんでしょうか?人族には、獣人なんてと言われて、こっちでは人族との間に生まれた子なんて……ですか?」
私は、好き勝手に言う人ばかりだと怒りが湧いて、耳がピンと立ち上がる。
ガルフは失言したと言う顔で、オロオロし始める。
「好き勝手に盛って、子を放置して、自分は再婚して幸せな人生送って、死に間際に娘の顔が見たくなった?それを聞いて良かった。私は、会わなくてせいせいしてるわ!」
「な、なんだと!お前、ソフィアさんがどれだけ悲しんだと!」
怒りに震えるマーカスは、瞬間的に私を掴み上げる。
「ぐっ!」
私は首元が締め上げられて、息が苦しくなり、どうしてこんな目に自分が合わなければならないのかという怒りが沸点に達する。
その瞬間――
「うるさい!」
私は、勢いよく締め上げられた状態から、せめて一矢報いてやりたいと跳び蹴りをマーカスの体にぶち当てる。
「わああああああああああっ!」
その瞬間、マーカスは家の壁を突き破り、どこか見えない遠くまで飛ばされていく姿を見て呆然とする。
「私の脚力は……どうなってるの?」




