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婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


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第89話 番外編 門外不出の7品種 びっくり箱


第89話 番外編 門外不出の7品種 びっくり箱


 閉店後の静けさが満ちる「雪の庭」。

 その空気を破ったのは、弥生のぽつりとした呟きだった。


「……びっくり箱」


 忍が隣で頷きながら続ける。


「ジパング門外不出の七品種。

花姫様をイメージして調合された、特別な茶葉よね。

 本当に、花姫様にぴったりの“驚きの連続”って感じですね」


 花は「ぴったりって何?」と首を傾げたが、雪乃が話題をさらっていく。


「びっくり箱? そうそう。花のお土産に驚いて忘れていたわ」


 そう言って雪乃が小さな木箱を取り出した。


「雪乃様、それは……?」

 弥生がそっと問いかける。


「その“びっくり箱”よ。あまりに希少で、お店で出せるほどの量は貰えなかったけど……

 内輪で飲む分には十分でしょ? 弥生、淹れてくれる?」


「かしこまりました」


「きっちり98度でね。……2度違うと、機嫌を損ねるから」」


「98度ですね?」


 クラリスが素朴な疑問を口にする。


「100度ではダメなのですか?」


 雪乃は微笑み、ゆっくり説明した。


「そう。この茶葉を最高に楽しむには“98度”がベストなの。

 弥生なら、できるわよね?」


 弥生は胸を張り、静かに頷いた。


「もちろんです。一度沸騰させてから冷まして……最高のタイミングでお入れすれば98度にできます」


 弥生は丁寧な所作でポットを傾け、

 雪乃、月、花、クラリス、セリーヌ、忍、そして自分の分へと順に淹れていく。


 


 ふわり――。


 茶葉の香りが店内に広がる。


「これは……なんていう香り……高級感が溢れてますね」

 セリーヌが深く息を吸い込み、思わず声を震わせる。


「二口目は、五分待って飲んでみて」

 雪乃が砂時計を返す。


 くるり、くるり――五回目の砂が落ちきった頃。


「そろそろいいわよ」


 その声で、皆がゆっくり二口目を含む。


「すごい……! 一口目とまるで印象が違います!」

「香りの層が……開いていく感じ……!」


 驚きと感動の声が重なった。


 しかし雪乃は、さらりと衝撃の一言を添える。


「でも、本当に面白いのは、これからよ」


「面白い……?」

 花までが興味津々に耳を傾ける。


 


 ──さらに五分後。


 忍がカップを口に運び――凍りついた。


「……え? レモンティー?」


「そんな、いくらなんでも……!」

 クラリスが慌てて自分のカップを覗き込む。


「ど、どう嗅いでも……レモンティーの香りと味です!」

「本当に変わってます!?」

「魔法じゃないんですよね!?」


 驚きの声が続く。


 


 ──さらに五分。

湯気の温度が、ほんの少し下がる。


 セリーヌが一口飲んで固まった。


「……アップルティー?」


「ありえません! なんなのこれ!?」

「どんな仕組みなの?」

「自然界で味が変化するなんて……!」


 騒然とする店内。


 そんな中――花がぽつり。


「大自然の神秘」


 まるで“それ以上語る必要なし”と言わんばかりの顔で。


アップルティー化したはずの紅茶に店員たちが騒然としている中、

 月が湯気の立つカップをくるくると回しながら、ふっと肩をすくめた。


「今回は、わりとまともな変化ね」


 その言葉に雪乃がさらりと相槌を打つ。


「ええ、本当“普通”ね」


 弥生とクラリスとセリーヌが同時に固まった。


「……普通?」


 疲労と混乱が入り混じった表情で忍が質問する。


「すみません……『普通』とは……?

 いったい、どんな変化をしたことがあるのですか?」


 月は指を一本立て、淡々と語り始める。


「えっとね、コーヒーみたいな味と香りになったことがあったのよ。

 あれは、さすがに驚いたわ」


「コ、コーヒー……?」

「紅茶ですよねこれ……?」


 クラリスとセリーヌが同時に震えた声を漏らす。


 雪乃は自分のカップを眺めながら、思い出したように続けた。


「私はね……“ワイン風味”に遭遇したわ。

 飲んだ瞬間、熟成香がふわっと広がって……本当に驚いた」


「こ……こ……

 紅茶ですよね?これ……?」


 忍の声はもはや小動物の悲鳴とか化していた。


 花はココアを飲みながら、さらりと付け足す。


「それでも今日は落ち着いてるほうだよ。変化の幅、ちょっと控えめ」


 控えめでアップルやレモンになる紅茶。

 控えめでワインに変化する紅茶。


「……びっくり箱、ですね……本当に……」


 雪乃が微笑みながら湯気の向こうでカップを傾ける。


「でも、不思議と癖になるのよね。この茶葉」


「うん。次は何味かなって、わくわくするの」

 月が楽しげに笑う。



忍とクラリスとセリーヌが固まったまま、

まるで未知の生命体を見るように茶葉の箱を見つめていると――


花がゆっくりカップを置き、ぽつりと呟いた。


「大自然の神秘……まだまだ解き明かせないことがいっぱい」


 その声はいつも通り無邪気で優しい。

 だが、言葉そのものが異様な重みを持って店内に落ちた。


 天才ゆえに、本気で言っている。


 “まだまだ解き明かせないことがいっぱい”――

 それは研究者が言うそれではなく、

 “毎日のようにとんでもない現象に遭遇している者の実感”そのものだった。



 月も紅茶をくるりと回しながら言う。


「でもほんと、花の言うとおりよ。

 この茶葉は“自然のご機嫌”で味が変わるの。

 今日は落ち着いてたわね」


(落ち着いてて、これ……!?)


 店員たちは恐怖と感動が入り混じった瞳で三姉妹を見つめた。


 花はそんな空気をまったく気にすることなく、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。


「まだまだ解き明かせないこと、いっぱいだよ。

 それが花、好き」


 天才の言葉は、重かった。


 

 

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