第86話:雪乃の帰還と天才(天災)の来襲 4
第86話:雪乃の帰還と天才(天災)の来襲 4
「ところで、この店は、いつ開店するの?」
花が唐突に話題を投げると、空気がピタッと止まった。
思考も時間も、一瞬だけ凍る。
「た、確かに……もう開店時間です!」
弥生が時計を見て慌てふためく。
「急いで準備を――」
だが雪乃は優雅に椅子へ腰かけ、紅茶をすすりながら実にのんびりした声で答えた。
「久しぶりに私たち三人が揃ったんだもの。今日は休業でもいいんじゃない?」
店員全員、石像になる。
「お嬢様、それは……少々急では……」
クラリスが困惑する。
「もともと休業も多かったでしょ? お客さんも“あ、またか”くらいで済むわよ」
まさかの正論である。
■ 月、堂々店長宣言
そんな空気を切り裂くように、月が胸を張って宣言した。
「大丈夫! お店のことは私に任せて。雪姉様も花も長旅で疲れてるでしょ?
今日は“総支配人・月”の本気を見せてあげるわ!」
雪乃が微笑みながら紅茶を揺らす。
「月がそこまで言うなら、今日は私も花ものんびり“お客さん側”を楽しみましょうか」
「わぁ、楽しみ! 月姉様、どんなスイーツ出すの?」
花が期待いっぱいに目を輝かせる。
弥生が心配そうに尋ねる。
「月様、今日のメニューはガトーショコラでしたよね? 準備は大丈夫ですか?」
「もちろん! 雪姉様直伝のレシピよ。完璧に決まってるわ!」
忍が小声で囁く。
「今日も……何か起こらなければいいですけど……」
「まぁ、それも月様らしいというか……」
弥生が苦笑した。
雪乃と花は仲良くカウンター席へ移動し、すっかり“お客様モード”になっていた。
「それじゃ任せたわね、月」
「頑張ってね月姉様!」
月は満面の笑みで応え、厨房へ戻っていく。
「今日は、私の本気を見せてあげるわ……ふふふ」
その背中を見て、弥生と忍は目を合わせる。
(本気……本気って、どの方向の……?)
■ 月の特製ドリンクタイム
「雪姉様には紅茶ね。花にはココア。任せてちょうだい♪」
軽快な手つきで厨房に消える月。
雪乃は深く腰掛け、心底くつろぎながら言う。
「月が店を仕切ってくれると、本当に楽で助かるわね」
「ねぇねぇ、どんなココアかな? 花わくわくしてる」
店員たちも思わず微笑む。
「お嬢様がこんなにリラックスしてる姿……久しぶりですね」
「それだけ月様の腕前に期待しているということでしょうね」
やがて――。
「お待たせ!」
月が誇らしげに二つのカップを並べる。
「雪姉様には特製アールグレイ。花には濃厚なのに後味すっきりのココアよ!」
雪乃は香りを楽しんでから一口。
「……おいしい。香りもバランスも申し分ないわ。さすがね、月」
「ほんとだ! 花、このココアすっごく好き!」
花が目をきらっきら輝かせる。
月は誇らしげに胸を張る。
「ふふん、それはよかったわ!」
店内は完全に“姉妹ほっこり空間”になっていた。
■ 三姉妹店長制度、爆誕
月が紅茶を注ぎながら雪乃へ言った。
「姉さまはオーナー店長で、私は総支配人ってことでいいんじゃない?」
「いいわねそれ。私が頑張らなくても店が回るなら、それが一番楽だし」
「……姉さま、本当に楽することばかり考えてますね」
月が呆れる。
花がココアを飲みながら手を挙げた。
「花は副支配人がいい!」
一瞬の沈黙。
「完全に……家族経営ですね……」
忍がぽつりと呟く。
「いいじゃない、家族経営。私たちが楽しく働ければ、それで十分よ」
雪乃が満足そうに笑った。
■ 花、まさかの長期滞在宣言
花は当たり前のように腕を組んで言う。
「帰るの時間かかるし疲れるから、しばらくこっちにいるね」
「そうなの? ならゆっくりしていきなさい。設備管理も安心ね」
雪乃が喜ぶ。
「姉さま……そこが喜ぶポイントなんですね……」
月が呆れる。
弥生が心配そうに聞く。
「本当に大丈夫なのですか? 本国で問題にならないでしょうか?」
花は胸を張って答えた。
「大丈夫。私、本国に“いることになってる”から」
「は?」
雪乃と月と全員の声が揃う。
花は誇らしげに説明した。
「私の部屋にね、ノックすると『今忙しいからほっといて』って返事するマジックアイテム置いてきたの」
「ええええっ!?」
弥生とクラリスが悲鳴を上げる。
「声を録音して、自動で返事するの。百パターンくらい返せるよ」
「百!? 必要です!?」
弥生がひっくり返りそうになる。
「もちろん。同じ返事だと怪しいでしょ?」
『今手が離せないの』『また後でお願い』
『疲れてるから静かにして』
『おやつ食べてるから待って』
「……完全に人間じゃないですか」
クラリスが呆然と呟く。
「そう、だから絶対バレないの」
花は胸を張る。
「花……自由すぎるわ」
雪乃は頭を抱えつつも、微笑んでいた。
「まぁ、計算してあるから大丈夫!」
花は明るく言い切る。
店員たちは心の中でそっと思った。
(……雪乃様が“自由すぎる”と言う日が来るとは……)
その場にいた全員が、そっと視線を落としつつも、それでもどこか温かく笑ってしまうのであった。
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