82話 月の計算と答え合わせ
82話 月の計算と答え合わせ
閉店後の静まり返った「月の庭」。
営業中の喧騒が嘘のように、店内には柔らかなランプの光と、紅茶の残り香だけが漂っている。
カウンターには、月が飲み干したティーカップ――
その口紅の跡が、まだほんのりと温もりを宿していた。
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◆答え合わせ①:最初から仕込まれていた布石
「……つまり、最初から全部、計算されてたってことよね」
弥生の声が、静寂を破った。
「アルベルト様が、月様に初対面でレシピを提供してほしいと言ったときから既に作戦が構築されていたのね」
「レシピを欲しがってることをつけ込まれた…」
「雪乃様がスタードールにレシピを提供してたから、月様がレシピを提供しても、何も疑問に思わず受け入れてしまった…。全てを罠と思わせないために利用してる」
忍は腕を組みながら、重く頷く。
「最初に出した“オペラ”は、まあ偶然だとしても……その後のラインナップは明らかに異常だった。
どれもこれも、手間と時間がかかりすぎる。普通の店じゃ連日提供なんて不可能だ」
弥生はテーブルに置かれた月の走り書きメモを指でなぞる。
「タルトタタンは林檎のキャラメリゼが難しいし、ザッハトルテは乾燥と温度管理が繊細。
……そしてパネットーネ。72時間以上の発酵、気温湿度の管理、特製酵母の扱い。
これを全部“同時に出せ”なんて、もう……」
忍が言葉を継ぐ。
「店を営業停止に追い込むために選んだと言われても、何一つ否定できないわ」
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◆答え合わせ②:しかも、非の打ちどころがない
弥生はくすりと笑った。
「しかも月様、悪意どころか“善意”で押し切ったのよね。
レシピも酵母も全部“無償提供”。
さらに“スタードールで奇跡のスイーツが食べられる!”って宣伝までしてあげたんだからつまて…そこまですれば需要に供給がおいつかなくなる」
忍は天井を見上げ、深いため息を漏らした。
「善意の皮をかぶった策略……いや、皮じゃないな。
本人、本気で善意のつもりなんだ。そこが一番タチが悪い」
弥生は引きつった笑みを浮かべた。
「……雪乃様の妹じゃなかったら、私、絶対に距離置いてたわ。
関わって平穏無事に済むタイプじゃないもの。」
「だな……敵に回すなんて論外だ。
月様、あれで戦略家の才能が化け物レベルだから」
二人は同時に肩を落とした。
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◆答え合わせ③:それでも嫌いになれない理由
忍はふと、月の飲み残しの香りが漂うカップを持ち上げた。
「でも……不思議と嫌いにはなれないわ、あの子」
弥生も目を細める。
「ええ。やってることはえげつないのに、悪意がまったくない。
全部、“雪乃様のため”っていう一本の筋が通ってる」
「曲がってるようで、まっすぐすぎるんだよな……あの子」
二人は静かに紅茶を口に含んだ。
月の残した香りは、不思議と心地よく、温かかった。
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しかし、本当に悪意がなかったか?それは、2人にも分からなかった。
善意という立ち位置を維持したまま仕組まれた悪意…
◆可愛い復讐者、恐ろしい計算
弥生は微笑みながら言った。
「月様って、ほんと……可愛らしいのに恐ろしくて、
守りたくなるのに油断できなくて……なんというか、魅力がすごいわよね」
忍も笑った。
「そうね。
あれが“雪乃様の妹”だと思うと……妙に納得」
二人の視線の先には、空になったティーカップ。
そこには、少女の無邪気さと――
世界を手玉に取る計算高さが同居していた。
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◆そして、静かに進む次の一手
雪の庭は今夜も穏やかだ。
だが、その静けさの奥には――
スタードールにとどめを刺し、姉の名誉を守り、
世界を引っくり返すほどの策略を平然と練る少女がいる。
月は今日も、静かに微笑む。
(――姉様が帰る頃には、全部片づけておきますわ)
そんな“月の覚悟”が、店内にひっそりと咲いていた。
まもなく雪乃が帰ってくる事になる、
もし雪乃の帰還が遅れていたら、確実に次の作戦がはじまっていたであろう。
スタードールの命運が雪乃によって救われることになることは、月さえ予想できないことである。
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