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婚約破棄破棄されたので流行らない喫茶店をはじめました  作者: みずとき かたくり子


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第78話 月の微笑みと“仕掛け”の予告

第78話 月の微笑みと“仕掛け”の予告


 ほどなくして、アルベルトの前に特製パネットーネがそっと置かれた。

 焼き上がった生地はふっくらと膨らみ、表面の黄金色は見ているだけで幸福感を誘う。

 ナイフで切り分けると、洋酒に漬けたフルーツの甘い香りがふわりと立ちのぼり、周囲の客まで思わず息を呑んだ。


「……!」


 アルベルトは自然と姿勢を正し、フォークを手に取る。

 一口、口へ運んだ瞬間――。


「……これは、素晴らしい……!」


 瞳が大きく見開かれ、その低い声に店内の空気が震える。

 周囲の客も思わず顔を見合わせ、ざわめきが広がった。


「ふわふわの生地に、フルーツの甘味と酸味……見事な調和だ。」


 スタードール店長の評価は、まるで絶対王者の承認のように響き、ホールの空気が一気に熱を帯びた。



---


◆月の微笑みと、その裏側


 月は少し離れたキッチン前で、ゆるりと満足げに微笑んだ。


「ありがとうございます。長時間かけて仕込んだかいがありましたわ……価値が伝わって、本当に嬉しいです。」


 その言い方は丁寧で柔らかい――

 だが、その声の奥には、“確信”にも似た鋭い光が微かに潜んでいた。


 アルベルトはフォークを置き、深く頷く。


「ぜひスタードールでも提供したい。……これは、多くの客を魅了する味だ。」


 その瞬間、月の笑顔が――ほんの一瞬だが、ぴたりと止まった。


目の奥の色が、ほんの一瞬だけ変わった。


 しかしすぐに、いつもの愛らしい笑みに戻ると、優雅に返した。


「その件ですが……本日、閉店後にスタードールへ伺ってもよろしいでしょうか?」


「……ほう?」


 アルベルトの眉がわずかに上がる。


「ということは──前向きな返答が聞ける、という認識でいいのかな?」


 月は小首をかしげ、微笑を深めた。


「ええ。詳細は……直接お話ししますわ。甘い空気の中では伝えにくいこともありますし。」


 その声音は、優しく甘い。

 だが耳を澄ませば、かすかに――せ



---


◆去りゆくアルベルトと、月の本音


 パネットーネを食べ終えたアルベルトは満足げに立ち上がり、スタッフたちへ軽く手を振る。


「今日も驚かされたよ。君たちの店の勢いは、実に見事だ。閉店後、楽しみにしている。」


 扉が閉まった瞬間、店内の空気が静まり返る。

 さきほどまでの熱気が嘘のようだ。


 月はカウンターの奥で、アルベルトの背中が消えるのを見届けると――ゆっくりと目を細めた。


「……ふふ。」


 手にした紅茶のカップを軽く揺らし、小さな笑みをこぼす。


「準備は整ったわ。あとは……仕掛けるだけ。」


 その笑みの意味を、まだ誰も知らない。


 月の瞳に宿る光を、その場にいた誰一人として読み取ることはできない。

 けれど、“何かが始まる予感”だけは、確かに空気を震わせていた。



---


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