75話 タルト・タタンと布石
75話 タルト・タタンと布石
朝の陽光が「雪の庭」のガラス窓を明るく染め、店内には柔らかな光が満ちていた。
月はエプロンの紐をきゅっと結び直し、勢いよくドアを開ける。
「雪の庭、開店です!」
満面の笑顔とともに放たれたその声は、朝の空気よりも爽やかで、常連客たちの表情を一気に弾ませた。
開店前から並んでいた客たちが次々と席へ吸い込まれていく。月は軽やかに店内を歩きながら朗らかに宣言した。
「本日のスイーツは、タルト・タタンです! じっくりキャラメリゼしたりんごの甘酸っぱさと、サクサクのパイ生地が自慢の一皿ですよ!」
その瞬間、まるで魔法でもかけたかのように、店内の空気がぱっと華やいだ。
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月の宣言と準備
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厨房では月が仕込みの最終調整を行っていた。
鍋の中のりんごがじゅわっと音を立て、艶やかな琥珀色へと変わっていく。焦がしキャラメルの香りが店の奥まで満ちて、スタッフたちの表情までとろけそうだった。
「タルト・タタンはキャラメリゼが命なのよ。ここを丁寧に仕上げれば、お客さまの心は一発で掴めるわ。ふふっ……」
クラリスが感嘆の息を漏らす。
「月様、本当に……完璧ですね。雪乃店長直伝の技がここまでとは……」
月は肩をすくめ、微笑む。
「姉さまに教わったことを活かしているだけよ。でも今日は少し、私らしい“仕掛け”も入れてみたの。」
その一言に、厨房の空気が引き締まる。
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タルト・タタンの提供
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そして注文のベルが次々と鳴り始めた。
「はい、タルト・タタン一丁あがり!」
月が華麗な手並みで皿を仕上げるたび、黄金色のりんごとパイが照明に輝き、客席から歓声が上がる。
「紅茶は少し濃いめに……うん、これでりんごの甘酸っぱさがより引き立つわね。」
細部まで妥協のない配慮に、スタッフたちもただただ舌を巻くばかりだった。
実際、客たちはひと口食べるや否や夢見心地の顔になる。
「な、なんだこれ……幸せが溶けてく……」 「これぞ雪の庭……いや、月店長のタルト・タタンだ!」
その称賛の声に、月はくすっと目を細める。
(そうでしょうとも。今日は“序章”にすぎないけれどね。)
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月の狙い
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閉店後。
疲れを見せない月に、弥生が問いかける。
「月様、今日は……なんだか特別な気迫がありましたよね?」
月は椅子に腰掛け、意味深な笑みを浮かべた。
「ええ。今日はただのタルト・タタンじゃないわ。」
「ど、どういうことでしょう……?」
忍が首を傾げる。
月は瞳を細くし、ひそやかに告げた。
「今日のタルト・タタンは――明日の“布石”よ。」
クラリスの目がぱちんと大きく開く。
「布石……!? ま、まさか次の計画って……」
月はにんまりと唇を上げた。
「ふふふ。まだ内緒。でも、明日を楽しみにしていて。」
スタッフ全員がどきりとした。
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スタードールの来訪
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店内では終日、タルト・タタンが飛ぶように売れ、客たちの喜びの声が絶えなかった。
そんな中、スタードールの店長・アルベルトが静かに入店した。
席に着くと、月が仕上げたタルト・タタンを一口。
「……これは……すごい。」
思わずこぼれた彼の言葉に、月は満面の笑みを向けた。
「いかがでしょう? お気に召しましたか?」
アルベルトは驚きと感嘆が入り混じる表情で頷いた。
「甘酸っぱさとキャラメリゼの香ばしさ……完璧なバランスだ。いや、正直、驚いたよ。」
月は自信たっぷりに返す。
「ありがとうございます。実は明日、もっと特別なスイーツをご提供する予定なんです。ただし――数に限りがありまして。」
その一言で、アルベルトの表情が一変する。
「……特別、だと? どんなものか……ぜひ味わってみたい。」
「うふふ。それは明日のお楽しみです。ただ、早い者勝ちですので……お急ぎくださいね?」
アルベルトは思わず笑ってしまう。
「分かった。必ず伺わせてもらおう。」
月は涼やかに一礼し、背を向ける。
(明日は――もっと大きく驚かせてみせるわ。)
その瞳には、静かで鋭い光が宿っていた。




