74話 タルト・タタンと宣戦布告
74話 タルト・タタンと宣戦布告
閉店時間が近づく頃、月は最後のお客様に深く一礼した。
「本日はご来店ありがとうございました! またぜひお越しくださいませ!」
扉の鈴が軽やかに鳴り、お客様が去っていく。静けさが戻った店内で、月はゆっくりエプロンを外し、喉を潤すように紅茶をひと口含む。
「ふぅ……やっぱり接客って面白いわ。姉様がこの仕事に夢中になってる理由、少し理解できた気がする。」
その何気ない一言に、弥生は目を丸くして忍へそっと囁いた。
「……月様、もしかして雪乃様より接客上手じゃありません?」 「いや、わりと本気でそう思いますよ。雪乃様、戻ったら危機感を覚えるかも……。」
二人がひそひそと囁く横で、月は上機嫌に片づけを手伝い、店の空気をやわらかく照らしていた。
今日一日で――彼女が店の“看板娘”として十分すぎるほどの才能を発揮したのは間違いない。
――――
明日のスイーツを決める時間
――――
閉店後。
月はカウンターに腰を下ろし、紅茶を片手にメモ帳をぱらぱらとめくった。
「さて……明日のスイーツはどうしましょうか。」
「月様、今日もお疲れさまでした。明日の準備はゆっくりでも――」
弥生が声をかけたが、月は即座に首を横に振る。
「だめよ、弥生。スイーツ作りって“仕込みのタイミング”がすべてなの。今日のうちに方向性を決めておきたいの。」
真剣にメモを見つめていた月は、やがてぱんっと手を叩いた。
「決めたわ! 明日のスイーツは――タルト・タタンにします!」
弥生の声が裏返る。
「タ、タルト・タタン!? リンゴをキャラメリゼして、パイ生地をかぶせて焼き上げる……あの、ものすごい手間がかかる……!」
月は胸を張って堂々と宣言した。
「そう、その“手間”こそが魅力なの。甘くて少し切ないリンゴの香り、しっとりとした果肉……サクサクのパイ。想像しただけで幸せでしょう?」
クラリスがうっとりとため息をつく。
「たしかに……贅沢で素敵な一皿になりそうです。」
――――
タルト・タタンへの挑戦
――――
厨房に戻ると、月は迷いなくりんごを手に取り、てきぱきと皮をむき始めた。
バターが溶け、砂糖が琥珀色になり始めると、甘く焦げる芳醇な香りが空気を満たしていく。
「……月様、本気なんですね。」
思わず漏らした弥生の言葉に、月は軽やかに笑った。
「もちろん。本気に決まってるでしょう? だって――」
くるりと振り返ると、瞳の奥にきらりとした光を宿す。
「明日は特別な日だから。」
忍が首を傾げる。
「特別……とは?」
「ふふ、お察しのとおりよ。――スタードールに、格の違いってやつをお見せする日。」
あまりに堂々とした宣言に、厨房が一瞬静まり返った。
――――
宣戦布告と、月の覚悟
――――
クラリスが心配そうに尋ねる。
「月様……そんなはっきりと宣戦布告してしまって、大丈夫なんですか?」
月はオーブンの前に立ち、焼き上がりを見つめながら微笑んだ。
「大丈夫よ。だって――この店は“雪の庭”。私の姉様が守ってきた看板を、簡単にくすませるつもりなんて、これっぽっちもないわ。」
弥生が深く息をつく。
「……やっぱり、雪乃様の妹さんですね。本当に、引かない。」
タルト・タタンがオーブンの中でこんがりと色づいていく。
その香りは、甘く、力強く、どこか勝負の匂いが混じっていた。
月は静かに、しかし強い声で言い放つ。
「明日は、お客様に“圧倒的な違い”を味わっていただきます。スタードールに負ける? ありえませんわ。」
その言葉に、弥生も、忍も、クラリスも、セリーヌも――
胸の奥からじわりと湧き上がる闘志を感じずにはいられなかった。
「……明日、全力で臨みましょう!」
弥生の声に、全員が頷く。
こうして、「雪の庭」スタッフ総出の“勝負の日”が幕を開けようとしていた――。




