71話アルベルトの来店と見え始まる月の本性
71話アルベルトの来店と見え始まる月の本性
昼下がりの「雪の庭」。
オペラの甘い香りが残る店内に、コン、コンと落ち着いたノックが響いた。
クラリスが扉を開けると――
そこに立っていたのは、端正な装いの青年。
スタードール店長、アルベルト。
「……雪乃店長は?」
開口一番、迷いのない問い。
クラリスは一瞬だけ視線を伏せ、静かに答えた。
「店長は……不在です。」
「雪乃店長不在で、開店した……? まさか。」
驚きと戸惑いが混ざった声音。
クラリスが返答に詰まったその瞬間――。
「クラリスちゃん? 何? クレーマー?」
軽やかな声とともに、カウンターの陰から小柄な少女が姿を現した。
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◆雪乃の妹、月
少女は一歩前に進み、優雅にスカートを摘んで一礼した。
「はじめまして。姉が大変お世話になっております――雪乃の妹、月と申します。」
「……妹、だと?」
アルベルトの目が見開かれた。
その反応に、月は柔らかく微笑む。
「姉は今、ひどく傷ついております。その心が癒えるまでの間――この店は月がお預かりしています。」
落ち着いた声に、アルベルトは一瞬だけ言葉を失う。
だが月はさらに一歩踏み込み、砕けた笑顔のまま核心を突いた。
「……姉が傷ついた理由。少しはお心当たり、ありますよね?」
その問いに、アルベルトの表情が曇る。
弁解もせず、否定もせず――ただ沈黙が落ちた。
だが月は笑顔のまま、確信めいた声で続ける。
「けれど、姉の友人であるならば、月にとっても友人です。
……でも、姉を傷つける存在は、月の“敵”。容赦はしません。」
穏やかな声なのに、背筋が凍るほどの気迫。
アルベルトは無意識に息を呑んでいた。
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◆スタードール店長の願い
席に案内され、運ばれたオペラを口にした瞬間――
アルベルトは小さく息を吸った。
「……これは。素晴らしい出来だ。雪乃店長の――レシピ、なのだな。」
「はい。雪姉様直伝のレシピです。」
「ならば……この味をスタードールでも提供したい。レシピを――」
情熱的な申し出。
だが月はやわらかく微笑んだまま、きっぱりと首を振った。
「今、雪姉様にお仕事の話を持ち込むべきではありません。
心を癒すことが最優先です。」
(……まずレシピ?
姉様への謝罪は、後回し――?)
月の胸中に小さな呆れが灯る。
「……そうか。いずれ前向きな返事をいただければ良いが。」
「その時は私から姉にお伝えします。どうか今は、ご理解を。」
アルベルトはしばらく月を見つめ――
やがて静かに頷いた。
「……分かった。雪乃店長の回復を心から願っている。」
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◆その裏側の本音
アルベルトが礼を残し、扉が閉まる。
――その瞬間。
月はくるりと背を向け、
小さく中指を立てた。
「ふんっ。
姉様を傷つけた人間に、そんな簡単に許しなんて与えないわ。」
その凍えるような表情も束の間、
月は振り返ると、何事もなかったかのように微笑む。
「月様、どうかされましたか?」
クラリスが首を傾げて尋ねる。
「いいえ。ただ……あの人が、本当に姉を大切に思ってくれる日が来ればいいなって、そう思っただけ。」
セリーヌが感心したように微笑む。
「月様は、本当に雪乃お嬢様をお慕いしているのですね。」
「もちろんよ。」
月はカップを取り上げ、静かに続けた。
「でもね――姉を傷つけた人には、それ相応の覚悟をしてもらうの。」
弥生も忍も、その言葉の意味に気づくことなく、ただ息を呑んだ。
月は再び紅茶を口に運び、軽やかに微笑む。
「さて――次のお客様の準備をしましょうか。」
その横顔は、小柄で愛らしい少女でありながら――
まるで王家の猛禽のような強さを秘めていた。
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