第68話 偽名とお月様
第68話 偽名とお月様
閉店後の静かな「雪の庭」。
ティーライトの光がゆらめく中、弥生は意を決したように月に向き直った。
「月姫様……よろしいでしょうか。」
「なに? 弥生ちゃん。」
弥生は少し緊張した面持ちで続ける。
「このお店は、雪姫様のご意向により――
“ジパング王家とは無関係の場所”として営業しております。
そのため雪姫様も、ここでは“雪乃様”と名乗られていました。」
月はこくりと頷きながら聞いている。
「なので……月姫様にも、同じように偽名を名乗っていただきたいのです。」
「偽名、か……。」
月はふむ、と考える素振りを見せたが、弥生はさらに深く頭を下げた。
「申し訳ありません。不遜なお願いなのは重々承知しております。ただ……雪乃様、いえ、雪姫様のご意向に沿っていただければ、と。」
その慎ましすぎる態度に、月は慌てて手を振った。
「弥生ちゃん、そんな萎縮しなくていいよ。
じゃあ――月でいいわ。呼びやすいでしょ?」
弥生はパッと顔を明るくし、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。月お嬢様。」
「だから“お嬢様”は要らないってば! 月でいいの!」
「はい、お月様。」
「弥生ちゃん! “お”をつけるな! なんか……衛星みたいじゃない!」
「す……すみません! つい!」
弥生が慌てふためく横で、クラリスとセリーヌは肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
月はため息をついてつぶやく。
「もう……ほんとに弥生ちゃんは……。」
だがその表情はどこか楽しげで、店内にはくすりと笑いがこぼれた。
こうして、“月”という新たな店員(?)が『雪の庭』に加わることになったのだった。
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