63話 天才・月姫、雪の庭を席巻す
63話 天才・月姫、雪の庭を席巻す
雪乃が散歩に出た日の「雪の庭」は、いつも以上に静かだった。
そんな穏やかな空気を――月姫が一瞬でぶち壊した。
「よしっ、それじゃあ――開店しましょう!」
雪乃の妹・月姫は白いエプロンをきゅっと締め、胸を張った。
エプロン姿だけなのに、なぜか眩しい。店員たちは呆然と見つめるしかない。
次の瞬間、彼女は勢いよく扉を開き放った。
「いらっしゃいませー! 本日も元気に営業中ですよっ!」
閉店中のはずの店から元気な声が飛び出し、
外で暇そうにしていた常連客たちが「おっ?」と目を丸くしながら続々と入ってくる。
クラリスが慌てふためきながら席へ案内する一方、
月姫はすでに厨房へすっ飛んでいた。
---
初めてとは思えない完璧な動き
「弥生ちゃん、紅茶の準備できたら教えてね。そのタイミングで仕上げるわ。」
月姫は落ち着いた声で指示を出す。
その言い方があまりにも自然すぎて、弥生も思わず「はい」と返事してしまった。
紅茶がちょうど淹れ終わった瞬間、
香ばしい甘い香りとともに、美しく焼き上がったバナナのオムレットが皿に置かれる。
「……な、なんという連携……!」
クラリスは息を呑み、セリーヌは目を輝かせる。
「月姫様って……喫茶店で働いた経験が?」
「まさか。初めてよ?」
月姫はケロっと答えた。
「だって、満席でも十人ちょっとでしょ? 慌てるほどの人数じゃないもの。」
あまりに当然のように言われて、店員たちはしばし固まった。
「……あれ? わたしたちより優秀?」
クラリスがつぶやく。
「ええ、普通にわたしたちより優秀ですね。」
弥生は額を押さえ、軽くめまいを覚えた。
---
その接客、完璧すぎる
店内では、月姫の接客がさらに光り始める。
「甘さはどう? もっと軽いのが好き?」 「紅茶、香りが少し強めだから、ミルク足すのもおすすめよ。」
おっとり優雅な口調に、常連客たちは次々と笑顔を返した。
「お姉さん、初めて見るけど……なんかすごいな」 「雪乃店長とは違う意味でプロだ……」
厨房の隅でその様子を見ていたセリーヌは震えた。
「天才じゃないですか……?」
「いや、天才でしょうね……」
弥生も真顔で頷く。
忍だけは冷静に分析していた。
「観察力が異常に高いのです。私たちの動きを一度見ただけで……完璧に吸収したのでしょう。」
「……雪乃お嬢様より店長してるよね?」
クラリスがぽそり。
「クラリス、それを雪乃お嬢様に言ったら即日クビです。」
弥生が真顔で注意した。
---
閉店時間の衝撃
最後の客が満足げに帰ると、月姫はほっと息をついた。
「ふぅ……楽しかったぁ。」
弥生がそっと声をかける。
「月姫様、本日は閉店です。」
「え、もう? まだ三時間くらいよ?」
「ええ。当店の営業時間は三時間ですので。」
「三時間……? 短すぎるでしょ?」
月姫は心底驚いたように目を見開く。
「お客様も慣れていますので。」
クラリスが申し訳なさそうに答える。
「お姉様のお店って……本当に独特なのね。」
月姫は呆れながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
---
■ 月姫の告白
「喫茶店って初めてやったけど、楽しいね。」
それはあまりにも自然に発せられた言葉だった。
「初めて、ですか……?」
弥生は信じられないという顔をする。
「うん。働くのは初めて。
でも雪姉様のスイーツ作り、ずっと見てたから……なんとなく流れはわかるの。」
クラリスは口をぱくぱくさせた。
「初めてで……この完成度……?」
忍は静かにまとめる。
「さすが、雪乃お嬢様の妹御ですね。
血筋というものでしょうか。」




