62話 月姫様の来訪
62話 月姫様の来訪
雪乃が「気分転換」とだけ言い残して店を出てから数時間。
昼下がりの「雪の庭」は、静けさという名の空気に包まれていた。
店内には片付け途中の食器と、忍が淹れた紅茶の香りだけが漂っている。
――その静寂を破るように。
コン、コン。
控えめながらもはっきりとしたノックが響いた。
忍は小さく息をつき、扉を開ける。
「本日は閉店――」
そう告げるより早く、忍の表情が固まった。
「忍ちゃん、久しぶり。」
穏やかで澄んだ声。
そこに立っていたのは、雪乃の実妹――**月姫**だった。
「つ、月姫様……!? な、なぜこちらに?」
「ちょっと雪姉様の様子を見にきただけだよ。ここにいるんでしょ?」
忍が丁寧に答える。
「いえ……お嬢様は現在、外出中でして。」
「そうなんだ~。じゃあ……雪姉様が戻るまで――月が店長やるね!」
「…………はい?」
忍の思考が一瞬で停止した。
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■ 店員たちの困惑
月姫はためらいという言葉を知らないかのように店内へ進み、
くるりと回って雰囲気を味わう。
「わぁ……素敵なお店! こんなの閉めておくなんてもったいないよ?」
その瞬間、バックヤードから弥生が勢いよく飛び出してくる。
「お待ちください月姫様!!
雪乃お嬢様のご不在中に開店なさるのは――!」
しかし月姫は、ふわりとメニュー表を持ち上げて目を輝かせた。
「へぇ~、“雪の庭”って日替わりスイーツ制なんだ?
今日のは……“バナナのオムレット”? おいしそう!」
「あ、あのですね! 本日はお嬢様が外出しておりまして、仕込みも――」
弥生の説明などまるで風の音。
月姫の瞳はきらきら輝いたままだ。
「大丈夫! それくらいなら月にも作れるよ。
ね、エプロン貸して?」
無邪気な笑みでそう言われ、弥生はがっくり肩を落とした。
「雪乃お嬢様だけでも手がかかるのに……妹様まで同じタイプとは……!」
忍も額を押さえながら、静かな声で付け加える。
「これは……雪乃お嬢様が帰られるまでに、何かしらの事件が起こりそうですね。」
こうして――
「雪の庭」は、店長不在のまま“月姫店長代理”が発動してしまうのだった。
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