60話 雪乃、やる気が見つかりません
60話 雪乃、やる気が見つかりません
雪乃はカウンターの端に腰掛け、小さな砂時計をじっと見つめていた。
さらさらと砂が落ちる音だけが、静かな店内に響く。
店は開いていない。 看板は裏返されたまま。 客の気配もない。
あるのは、砂が落ちる音と、雪乃が緑茶をすする音だけだった。
くるり。
砂時計がひっくり返される。
「……またですか」
弥生が遠巻きに呟く。
「今日で何回目ですかね」 忍が淡々と返す。
「七回目くらいかしら……」 セリーヌが真剣に数えている。
クラリスがぽつりと漏らした。
「……姫様がここまでやる気をなくされるの、初めて見ました」
雪乃は反応しない。 ただ砂が落ちるのを見つめている。
そしてぽつりと。
「……もう、お店やめようかしら」
ぴたり。
全員の動きが止まった。
---
骨抜き護衛、発動
「それは困ります!!」
セリーヌとクラリスが同時に叫ぶ。
雪乃がゆっくり視線を向ける。
「……何が?」
二人は一瞬だけ目を泳がせ――
「その……」 「えっと……」
クラリスが覚悟を決める。
「スイーツの補給が止まります!」
セリーヌも続く。
「毎日食べられなくなるなんて重大事です!」
忍が静かに呟く。
「本音が先に出ましたね」
「ち、違います!」 「もちろん護衛任務も重要ですが!」
弥生がにやりとする。
「“も”なんですね」
二人は真っ赤になった。
だが、すぐに表情を引き締める。
「ですが!」 クラリスが一歩前に出る。
「この店は、お嬢様の居場所です」
セリーヌも続く。
「静かに過ごせる大切な場所です! 騒がしい人が来たからって、なくしていい場所ではありません!」
雪乃の指が、砂時計の縁をなぞる。
少しだけ、視線が揺れた。
---
やる気、見当たらず
「……でもね」
雪乃は静かに言う。
「疲れちゃったの」
軽い声。 けれど本音。
「静かに紅茶が飲めない喫茶店なんて、意味がないわ」
弥生が苦笑する。
「その理屈は一貫してますね……」
忍が淡々と分析する。
「問題は、回復までの期間ですね」
雪乃は砂時計をまたひっくり返す。
「やる気が戻ったら再開するわ」
「いつですか?」 弥生が即座に問う。
「……わからない」
即答だった。
店員全員が天井を仰ぐ。
(長引く……)
---
気力ゼロ宣言
数時間後。
雪乃は階段を上がりながら振り返りもせず言った。
「しばらく放っておいて」
足音が遠ざかる。
セリーヌがそっと呟く。
「本気で閉じこもりますよ、あれ」
クラリスが青ざめる。
「補給が……」
「そこじゃないです」 忍が即座に訂正する。
弥生がため息をつく。
「まぁ……こういう時は無理に引っ張らないのが一番ね」
忍が静かに頷く。
「お嬢様は、自分で立ち直ります」
ただし――
「問題は、何日かかるかですね」
店員全員、同時にため息。
砂時計の砂は、静かに落ち続けていた。
まだ、終わる気配はない。




