第56話 王子の一言、そして明かされる“紅茶の秘密”
第56話 王子の一言、そして明かされる“紅茶の秘密”
店内に漂う甘い香りと紅茶の湯気。
アルベルトとの一連の会話がひと段落したそのとき――
静かに紅茶を啜っていた黒フードの青年が口を開いた。
「……スタードールの店長がここまで感心するとは。
『雪の庭』のスイーツと紅茶は、やはり特別だということだな」
その声音は穏やかでありながら、出自の気品を隠せていない。
だが、本人は“完璧に変装している”つもりなのだ。
店内の全員(+アルベルト)
「いや、王子ってバレバレですから……」
と心の中で一斉にツッコむ。
アルベルトは苦笑しつつ青年に視線を向けた。
「確かに特別だ。……この店の魅力には、素直に感服する」
すると雪乃は、まるで王子の正体など興味ありませんと言わんばかりに、涼しい声で言った。
「褒めてくれるのは嬉しいけれど……
一番嬉しいのは、“お客様としてたくさんお金を落としてくれること”よ」
その本音すぎる一言に、店内の空気がふっと和み、
常連客も王子も、アルベルトでさえ笑いを漏らす。
王子は肩を揺らして笑いながら、紅茶を一口。
(……やはり、この店は特別だ)
その目には、どこか名残惜しさすら滲んでいた。
店内の余韻と、弥生の怒り
王子とアルベルトが帰り、扉が閉じると同時に
弥生は大きな溜め息をつきながら片付けを始めた。
「お嬢様……ほんっとうに自由すぎます。
ライバル店の店長にまでサービスするなんて!」
雪乃は椅子に深く腰を下ろし、優雅に紅茶を啜る。
「だって。私はあの店に頑張ってもらわないと困るのよ。
私が静かに紅茶を楽しむためにね」
「利己心しかないじゃないですか!」
珍しく弥生が声を荒げ、
忍も腕を組んで険しい表情になる。
「しかも紅茶まで卸せと言われるなんて……。
知ったところで入手できるはずもないのに、厚かましいにもほどがあります」
クラリスとセリーヌも不安げに顔を見合わせた。
「その……紅茶って、そんなに特別なんですか?」
秘密の紅茶 ――「青の月」
雪乃は静かに頷いた。
「ええ。門外不出の七品種のひとつ――《青の月》。
そして何より……“ジパング王室の直営農園”で栽培されているの」
「王室……!」
セリーヌとクラリスが同時に息を呑む。
すると弥生が淡々と説明を補足した。
「つまりこの紅茶は、
“第三王女・雪姫様”――お嬢様ご本人だからこそ入手できるのです」
クラリスとセリーヌは慌てて姿勢を正した。
「そ、そんな……! 王室専用の紅茶を……!」
忍が静かに言葉を添える。
「ですから、仕入れ先は絶対に口外できません。
お嬢様の身分が広まれば――この店の平穏は消え去るでしょう」
「お店が続けられなくなる……!」
二人の顔色がサッと青ざめ、そして同じタイミングで叫ぶように言った。
「絶対に誰にも言いませんっ!!」
その真剣さに、雪乃はくすっと笑いながらカップを置いた。
「わかっていればそれでいいのよ」
明日への静かな期待
閉店後。
片付けを終えた静まり返った店内で、
雪乃は照明を落としたカウンターに座り、紅茶を最後の一滴まで味わった。
窓の外では、街の灯りが揺れ、冬の風が優しく吹いている。
(……今日は、なんだかいい一日だったわ)
心の奥に、小さな高揚感が生まれる。
王子の満足げな笑み。
アルベルトの真剣な眼差し。
店員たちの絆。
――すべてが、この店を少しずつ育てていく。
雪乃は立ち上がると、小さく伸びをして、
「さ、明日はどんなスイーツを作ろうかしら」
と呟いた。
その声は、とても柔らかくて、どこか楽しげだった。
「雪の庭」の夜は、静かに、更けていく――。




